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第二章商会乗っ取り編 第25話「陰謀の葬儀」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


流れ着いたローデン王国王都フィオレンツにて、

荷役として働き始めたドルゴンは才覚を発揮し、

遂にハルトマン商会の王都倉庫長として正社員に就任する。

その裏で、王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は商会乗っ取りに向けて動き出す。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

   孤児の才女サラとして、商会長屋敷に潜入中

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい

ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年 

エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客

ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ

ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆


リリア:ハルトマン商会長の一人娘 我儘お嬢様

カロリーネ:ハルトマン商会長夫人 ドルゴンと不貞の関係になる

エーバーハルト:ハルトマン家家宰

フロレンツィア:リリアの養育係


商会長:ハルトマン商会会長 不審死を遂げる

ベッセル:ハルトマン商会番頭

アグリオス:ハルトマン商会 農村統括長

カール:商会長の叔父、商会正社員

ラインホルト:リューデン商館長(商会支店長)ドルゴンの元上司


主な用語

ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会

正社員:幹部

準社員:従業員


ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織

術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる

「陰謀の葬儀」


商会長の死が正式に発表されてから数日後、商会長屋敷では弔問客の受付が開始された。

まず近郊の有力者や取引関係者が訪れ、その後、日を追うごとに遠方からの弔問客も到着するようになった。

商会長の突然の死は多くの者に驚きをもって受け止められ、様々な憶測を生んでいた。


屋敷には連日弔問の列ができ、カロリーネは喪主として応対に立ち、リリアもその傍らに控えていた。

リリアは、商会長の死に触れて以降、生気の抜けた目で、ブツブツと小声で言葉を繰り返していた。

フロレンツィアと千姫は、そのようなリリアのそばに立ち、様子を気遣っていた。


(……商会長は、過労がたたり徐々に体調を悪くして亡くなったと聞くが……

 恐らく、十月十四日の夜に入れ替えた水差しが関係しているのではないか。

 妾が入れ替えた水差しに毒が入っていたということか……?

 だが、そうだとすると、下手人が今日まで探されている様子がないのはなぜじゃ……

 あるいは、妾が持ち帰った水差しに毒が入っており、妾自身がその証を消した形になるのであろうか……

 そうなると、商会長に手を掛けたのは夫人ということになるが……。

 であるならば話の辻褄は合う。だが、夫人の態度は、人を殺めた者としてはあまりにも堂々としておる……

 もしくは、水差しは、まったく関係ないということもあるのか……)


千姫は、商会長の謎の死について必死に思考を巡らせていたが、その深層にまでは辿り着けずにいた。



「奥様、この度はお悔やみ申し上げます」


「ラインホルトさん、遠方からのご参列、ありがとうございます。お疲れのところお越しいただきました」


ハルトマン商会支社リューデン商館長のラインホルトも、商会長の訃報を受けて王都に帰還していた。


「商会の危機の最中に商会長がお倒れになり、大変な状況であったと聞いております。

 その中で奥様が商会長を支え、適切なご指示を出されて危機を乗り越えられたと伺いました。

 お辛い中でのご尽力に、私も感謝の念に堪えません」


「皆様のご尽力のおかげです。私はただ必死に動き回っただけでした。

 これからも、ラインホルトさん、商会を支えてください」


「はい、奥様。微力ながら尽力いたします。

 それと、この度の危機ではドルゴン倉庫長が大いに活躍されたそうですね。

 元上司としては、かつての部下の活躍は誇らしい限りです」


「ドルゴンさんの働きがなければ、商会は立ち行かなかったでしょう。

 また、今回の危機で商会の権勢は大きく揺らぎました。

 その立て直しにも、彼の力が必要になるでしょう」


「はい……ごもっともでございます」


ラインホルトは、カロリーネの言動から、彼女がドルゴンを支持している様子を感じ取った。

屋敷を後にしたラインホルトは、そのままドルゴンのもとへと向かった。

ドルゴンは、倉庫業務を引き続きオズヴァルトに任せ、自身は葬儀に向けた準備に従事していた。


「ドルゴン倉庫長、お久しぶりだね。この度の活躍は聞いているよ」


「ラインホルト商館長、ご無沙汰しております。お変わりなく何よりでございます」


「倉庫のみんなは元気にしているかい?」


ラインホルトは、久々に訪れた王都の様子をドルゴンに尋ねつつ、話を切り出す機会を伺っていた。


「ドルゴン殿……ここだけの話だが、私は商会の次期番頭には貴殿を推そうと思っている」


ラインホルトは周囲に目を配りながら、声を潜めてドルゴンに打ち明けた。


「ご支持いただき、ありがとうございます。

 新商会長のもとでの人事につきましては、奥様のご意向が強く反映されたものになるかと存じます。

 いずれの結果となりましても、私は商会を支えるために力を尽くすつもりでおります。

 その際には、ラインホルト殿もリューデンの商館長として、共に商会を盛り立てていただければ幸いです」


「そうだね……お互いに尽力しよう」


ドルゴンは、自身への支持を表明したラインホルトに対し、

現在の地位が維持されるであろう含みを持たせた。


弔問の場は、すでに政治の場となっていた。

商会の権勢は、倒れた商会長を支え実質的に商会長代理を務めたカロリーネと、

穀物を確保したドルゴンのもとへと集まりつつあることが、周囲の目にも明らかになっていた。

カロリーネとドルゴンに接近したのは、ラインホルトだけではなかった。

多くの正社員たちも情勢の変化を察し、両者に近づく動きを見せていた。


「……」


会話が区切られたあとも、ラインホルトは何か言いたげにその場に留まっていた。


「ラインホルト殿、王都ご滞在中はどちらにお泊まりのご予定でしょうか」


「ああ、その件なのだがね……いきなりの知らせで、急いで来てしまったものだから、まだ手配が整っていなくてね……」


「よろしければ、こちらにお泊まりください。ラインホルト殿の邸宅です。

 ラインホルト殿のお部屋をご用意いたします」


「おお、そうか……それは助かる。悪いね。

 急ぎで来たものだから、私と従者の二人だけだよ」


「はい、ごゆっくりお過ごしください」


ドルゴンは、そばに控えていたヨアンにダルガへ向かわせ、

ラインホルト用の部屋を用意するよう伝えさせた。



死亡の発表から一週間後、葬儀が執り行われた。

葬儀は教会にて厳粛に行われ、司祭によるミサのもと、祈りと聖歌が捧げられた。


ミサの後、一同は墓地へ移動した。

棺は商会幹部たちによって担がれ、ドルゴンもその一人として後方の担い手に加わった。

棺の後ろにはカロリーネとリリアが続き、その後方にはハルトマン家の一族の者たち、主要な関係者たちが並んだ。

さらにその後方には、他の商会の正社員や屋敷の者たちが列をなしていた。


棺の埋葬を終えると、棺を担いでいた者たちは一人ずつ喪主であるカロリーネに首を垂れ、順に下がっていった。


「奥様、どうかご無理なさらぬよう……お身体をお大事に」


「ええ……ありがとうございます。もう少しだけ、務めを果たします」


最後にドルゴンの番となり、ドルゴンとカロリーネは一瞬だけ言葉を交わした。

その様子を、リリアは側でぼんやりと見ていた。


継母が見知らぬ男と親しげに言葉を交わす――。

リリアの脳裏には、以前に覗き見た、ドルゴンと親しく語らう継母の姿がよぎった。


リリアはふらつきながら、ドルゴンへと近づいた。


「あなたが……あなたが殺したのよ、お父様を……!

 この女をたぶらかして……!」


リリアはドルゴンを指差し、続けてカロリーネを指差して叫んだ。

その声は後方までは大きく響かなかったが、前列の者たちの視線は二人に集まった。


「私の力が及ばず、このような事態を招いてしまいました。

 お嬢様には、大変お辛い思いをさせてしまったことと存じます。……申し訳ございません」


ドルゴンは間を置き、落ち着いた声でリリアに謝罪した。

周囲には、父を失って取り乱した娘が、商会を救った人物に理不尽な怒りをぶつけているように映った。

そのため、ドルゴンの態度は、むしろ周囲からの評価を高める形となっていた。


バッ――


カロリーネは一歩進み出て、リリアの頬を打った。


「この方を悪く言うことは許しません。

 ……フロレンツィア、この子を屋敷に戻して、部屋で反省させておきなさい」


「……畏まりました、奥様。

 お嬢様、参りましょう……」


「待ってよ、私は……まだ……!」


リリアは何かを叫び続けたが、フロレンツィアに連れられてその場を離れていった。


やがて埋葬は滞りなく終えられ、参列者たちは屋敷へと戻り、会食の場へと移った。

屋敷内では、ハルトマン家一族の大人たちが集まり、今後の方針についての話し合いが行われていた。


話し合いの場では、次期商会長を誰にするかが最大の関心事となっていた。

商会長の姉たちをはじめ親族たちは明言を避けつつ、それぞれ自分たちの子息を次期商会長に据えるべく、水面下での駆け引きを行っていた。


「うちの息子のヴィルヘルムは、とても利発でしてよ。帳簿にも強く、将来有望ですわ」


「あら、お姉様。私のところのフリードリヒは快活で、皆からの人望も篤いのです。商いの場でも評判がよろしいのですよ」


商会長の姉たちは、突然訪れた機会を逃すまいと、それぞれの息子を推す言葉を重ねた。


「今は商会が大変な時だ。そのような時こそ、実務に通じた者が必要ではなかろうか」


商会長の叔父であるカールは、実務経験の豊富な自身の壮年の息子を推していた。


そこへ、未亡人となったカロリーネが入室した。

その場にいた者たちの視線が一斉に彼女へと集まる。


「皆様、本日はご参列いただき、誠にありがとうございました」


「奥方におかれましては、この度の突然の訃報にも関わらず、喪主のお勤め、お疲れ様でございました」


形式的な挨拶が交わされたのち、カロリーネは静かに切り出した。


「次の商会長のことですが……」


その場の空気が一瞬で張り詰め、全員の視線がカロリーネに集まった。


「私は、娘のリリアを推したいと思います」


「……」


その場の者たちは戸惑いの表情を見せた。

血統としては、商会長の娘であるリリアが第一候補となるのは確かである。

しかし、幼い少女であること、そして何より本人の器量が、

危機を乗り越えたとはいえ、これから立て直しを必要とする商会にふさわしいとは言い難いことも、周知の事実であった。


「皆様がご懸念されるのも、ごもっともでございます。

 ですが、今はまず、誰が商会長となるかで揉める時ではありません」


カロリーネはそう言って、穏やかに微笑んだ。

後継者を誰にするのか揉めず、前当主の直系を後継とすることは理に適っており、その正論に表立って反論する者は現れなかった。


「とは言え、今のリリアに商会長としての器量が不足していることも確かです。

 ……ですので、まずは私が後見人としてリリアを支え、時間をかけて教育を施したいと考えております。

 そして、数年後にはあの子を社交界に出し、有能な方を婿に迎えたいと存じます」


その一言に、「おお……」と一同の間にどよめきが起こった。

場の関心は、誰を商会長にするかではなく、誰がリリアの婿となるかへと移っていった。


リリアの婿となった者が、実質的に商会の実権を握ることになる。

その場の者たちは、それぞれ我が息子を、我が孫を、と内心で思いを巡らせ、静かに目を光らせていた。


次のハルトマン商会の商会長は、前商会長の娘リリアとする――。

ハルトマン一族の中で、その方針についての同意が交わされた。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回、2026/4/4 8時投稿予定

次回、第二章商会乗っ取り編最終回

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