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ep.45 アルフレッド その4

王都の外縁では、小さな集落がいくつも点在している。


街道から外れたそれらの場所は、豊かさとは無縁ではないが、常に外の脅威と隣り合わせにあった。騎士団は定期的に巡回を行い、異変があれば即座に対応する体制を取っている。


だが、すべてに間に合うわけではない。


いくつもの出来事が積み重なり、そしてそれぞれの場所で、いくつもの結果が残されていく。


これは、その一つの記録である。

王都の朝は、例外なく始まる。いくつもの出来事が積み重なった後でも、それは変わらない。


それは誰かの都合とは無関係に訪れ、何事もなかったかのように街を満たしていく。石畳の隙間に落ちた光は均等で、空気は冷たく、遠くから聞こえる生活音はどれも控えめだった。世界は、いつも通りに動いている。


ラヴィニアは机に向かい、その一部として手を動かしていた。書類の端を揃え、重ね、整える。単純な作業だが、そこに乱れはない。紙の感触も、重さも、指先に伝わる情報はいつもと変わらない。


変わっていない、ということは重要だった。それは、変わっていないはずだという前提を支えるからだ。


東部の情勢は把握している。亜人の動きが活発化していることも、騎士団が動いていることも。そして、その中にアルヴィンがいることも。


扉が叩かれる。音は正確で、一定の間隔を保っていた。余計な感情を含まないその響きだけで、内容の大半は予測できた。


「どうぞ」


簡潔な返答。扉が開き、騎士が入ってくる。鎧には土埃が付着している。距離と時間を短縮するための移動をしてきたのだろう。報告は遅れていない。それは良いことだが、望ましいかどうかは別の話だった。


ラヴィニアは手を止めない。書類の端を揃えながら、顔だけを上げる。騎士は一歩進み、規定通りに一礼した。


「……アルヴィン殿は、任務中に殉職されました」


言葉は整っていた。意味も正確に伝わる。


紙の端が、ほんのわずかにずれる。


それ以上は乱れない。最後まで揃えきる。


「そうですか」


返答は滑らかだった。用意されていたかのように。


「状況を」


騎士は短く頷き、報告を続ける。東部の集落。壊滅。先行部隊の機能停止。増援。交戦。排除。既知の単語が並び、やがて一つの結果を形作る。


「……民間人一名の救助が確認されています」


そこで、ラヴィニアは顔を上げた。わずかな動きだったが、それまでとは質が違う。


「……その民間人は?」


「二歳前後と推定されます。強い衝撃を受けていますが、生命に別状はありません」


「そう」


それ以上の言葉は必要なかった。騎士は続ける。多数の死傷者。任務の遂行。収束。その中にアルヴィンが含まれているという事実。


ラヴィニアは一度だけ頷いた。理解はできている。それ以上の反応は、今は不要だった。


「……ご苦労さまでした」


騎士は一礼し、退出する。扉が閉まり、音が消える。部屋の静けさが戻る。


ラヴィニアはしばらく動かなかった。やがて机の上の書類に手を伸ばす。揃えたはずの端が、わずかにずれている。指で押さえ、整える。その作業には意味がある。少なくとも、この瞬間においては。


民間人一名の救助。


報告の中で最も小さな情報が、最も長く残る。


「……そうですか」


今度の言葉は、誰にも届かない。



【東部集落襲撃に関する報告】


先日、王都東部に位置する集落が亜人の群れによる襲撃を受けた件について、騎士団より以下の通り報告がなされた。


当該集落は到着時点で壊滅状態にあり、建造物の大半が焼失、住民の多くが犠牲となった。先行して派遣されていた部隊もまた甚大な被害を受け、戦闘継続が困難な状況に陥っていた。


これに対し、増援として派遣された騎士団は現地にて交戦し、最終的に亜人勢力の排除に成功。事態は収束した。


本件においては騎士団側にも多数の死傷者が発生しているが、部隊の連携により戦線を維持し、被害の拡大を防いだと報告されている。


なお、戦闘の過程で民間人一名の生存が確認されており、救助されている。


本件に関する詳細は現在も調査中であり、騎士団は引き続き周辺地域の警戒を強化する方針である。


以上。



紙は、子供の手には少し扱いにくい。ラティシアはそれを両手で持ち、視線を落とす。中等部に上がって間もない年齢で、文字を読むには十分であり、内容を理解するにも不足はない。


だが、理解できることと、受け入れられることは別だった。


東部の集落。壊滅。戦闘。損害。単語は順に意味を結び、結果を形作る。そこに父が含まれている。その事実もまた、問題なく読み取れる。


視線が止まる。


「民間人一名の生存が確認」


短い一文だった。だが、そこだけが妙に際立って見える。ラティシアはもう一度そこを読む。同じ文字列を、同じ順序で。意味は変わらない。


「……一人だけ」


声に出すと、少しだけ輪郭がはっきりする。


それが何を意味するのかは、分かっている。


それでも、納得はできなかった。


紙を机に置く。丁寧に、というよりは、手を離すという動作に近い。


横から、背を伸ばして覗き込む影がある。アルフレッドは机に手をかけ、つま先立ちになっていた。初等部に通うばかりの体では高さが足りない。だが、それを補う方法は知っている。


「見せて」


許可を待つ形ではない。視線はすでに紙に向いている。難しい言葉は多い。すべてを理解することはできないが、拾えるものはある。


「……助かった人、いるんだ」


単純な言葉だった。だが、その単純さがそのまま意味になる。


ラティシアは答えない。アルフレッドは紙を見たまま続ける。


「一人でも、生きてるなら」


言葉はそこで止まる。それ以上は続かない。


だが、欠けているわけではなかった。


ラティシアは目を伏せる。同じ紙を見ているはずなのに、見えているものが違う。その違いを説明する言葉は、まだ持っていない。


出来事は一つだ。それは記録され、整理され、伝えられる。形式としては、それで完結している。


だが、受け取る側でそれは別の形を取る。


意味は一つではない。


そしてその違いは、すでにここにある。


まだ小さい。だが、確かに存在している。


やがてそれは、時間とともに広がっていく。誰の意思とも関係なく。

人は常に何かを選びながら生きています。

それは些細なものから、取り返しのつかない大きなものまで、形も重さも様々です。


今回の出来事は、その中でも大きなものの一つです。

アルフレッドの家族は、同じ出来事に向き合いながら、それぞれに異なる形でそれを受け取り、そしてそれぞれの先を選んでいきます。


その選択が何をもたらすのかは、すぐには分からないものです。

ただ、選んだという事実だけは残り、やがてそれが道になっていきます。


引き続き、見守っていただければ幸いです。

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