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「では、リリアンを殺せ。あれは公爵家の物だし壊しても問題になることはないだろ。」
「なんで、そんなこと……」
当然のように部屋に侵入しルイーズしか認識していなかった回帰をルイーズ以上に把握し、己を運命神と名乗り弟としてこれから生活を共にすると先程まで上機嫌で語っていた少年に初めてルイーズは恐怖を感じた。
それは、人を殺せと物騒な事を言われたからではなく、先程枕を投げた事に怒りを感じたからでもなく、事も無げに殺害を要求する様が酷く冷ややかだったからだ。瞳は宝石のように煌めきながらも生気を感じられず、整い美しい造形と相まり少年はまるで人形のようにただルイーズを見ていた。
「ドルトレット公爵家当主になりたくないのならば、仕方ないじゃないか。リリアンを手放したらリリアンがどうなるか知っているのに手放せないだろ?」
リリアンは誰もなりたがらなかったルイーズの専属侍女として学園に同行しているが、ドルトレット公爵家での仕事は必要ならば泥水も平気で啜らせられ、失敗すれば切り捨てられる諜報係だ。ルイーズと一緒にいては道連れで死ぬことがほとんどであったため専属侍女を辞めさせた事もあったが、次期当主でもない令嬢の身では公爵家に戻ったリリアンの消息を掴めなくなる事も多々あった。掴めたとしても、ルイーズの専属侍女としての契約があったからか、元々リリアンに能力があったから公爵家に拾われただけで高い身分ではなかったからか、決していい内容は聞かなかった。だからリリアンは傍に置いておくのが一番マシなのをルイーズは知っている。契約によってリリアンがドルトレット公爵家から離れられない事も今までの繰り返しの中でルイーズは経験しているので、何も言い返せないのを分かっていて聞いた少年はルイーズの返答を待つことなく話を進める。
「だからと公爵家からリリアンを奪う事もできない。ならばいっその事、リリアンは諦めて気持ちを切り替えるしかない。残念ながら俺では人間の生死を決める事はできないからな。まぁ安心しろ、リリアンの死を乗り越える道はちゃんとあるからな。」
「―…当主に、ドルトレット公爵家当主になったら、リアはどうなるの?」
「ドルトレット公爵家の物は当然、当主の物だ。」
人形のようだった顔が緩やかに弧を描き満足そうに少年は微笑んむ。愛らしいと感じるはずの微笑みに気味悪さを覚えたが、ルイーズは意を決した。
「―いいわ。どうすれば当主になれるのよ?」
「そうかそうか、リリアンは俺も気には入っていたからな。なに、難しい事はない。第二王子は聖女に押し付け、ルイーズお前は学園を掌握しろ。」
「はっ。あなた、何でも知っているような口ぶりだったくせによくもそんな事が言えるわね。そんな事は今まで幾らでもあったわ!」
第二王子と婚約したまま学園生活を終えたことも何度かあったが、第二王子と聖女はルイーズが何もしなくとも惹かれ合う。第二王子を諦めてからは、ほぼ毎回二人は結ばれていた。学園卒業後に第二王子と婚姻を結ばなくても生きていくために学園で人望を集め、ドルトレット公爵家に戻らなくても生活していける基盤を築き新しい生活に期待していた時だってあった。
「いいや。一度もなかった。お前はあの学園の事を何も理解していない。」
「理解?貴族社会の縮図って話をする気じゃないでしょうね」
「貴族社会の縮図だとふはは、そんなわけないだろ。王立グラウトゥリー学園は玩具箱だ。」
大国であるグラウ王国内で最も実力能力主義であり貴族だろうと入学が出来るとは限らない唯一国が管理する由緒正しき学園である王立グラウトゥリー学園を玩具箱と表されルイーズは不信感を募らせる。
「死を起点に回帰させなかったのはお前の精神が耐えられないからだったが、学園生活を繰り返させていたのは王立グラウトゥリー学園が天使達の玩具箱であり多くの運命が複雑に絡み合い一つの発言だけで未来を変えてしまうほど不安定であったからだ。」
「てん…し?……もういいわ。―ねぇ、悪魔に願えばこの悪夢を今すぐ終わらせてくれるのかしら」
グラウ王国では名付けと共に神からの祝福の儀を行う。王宮には教会堂もあり国民は日常的に神に祈りを捧げ信仰心は高いが、決して盲目に信じているわけではない。理論が証明できない魔法という力が存在し、自然から乖離した魔獣が存在し、精霊が見える人間、神託を受ける人間、常人ではない能力を持った人間が存在する、故の信仰だ。神も天使も悪魔も精霊とは違い実際に関わる事が出来るのは奇跡であり存在は幻に近いとされている。何度も回帰していなければ運命神だと名乗る少年とまともに会話しようなどとルイーズは思わなかっただろう。だがそこで繰り返し通った学園が天使達の玩具箱と理解し難いことを言われてルイーズは途端に意欲が削がれてしまった。今すぐこの理解不能な空間から解放されたいと。
「……そうだな、全てをここで理解する必要はない。ひとまずは、第二王子との婚約を有利に解消させることを優先させればいい。そうと決まれば、まずはリリアンだな!」
「―っリリアン!?」
「へっ!ぇえ゛!?あ、あれ??私いつの間にここに???え?えお、おはようございます?私の名前知っていらっしゃったんですね?あ、お坊ちゃま、おはようございます。」
「うん、おはよう。」
少年がルイーズの専属侍女リリアンの名前を言った瞬間、部屋の扉前にリリアンが現れた。その一瞬の出来事に驚き思わずリリアンの名前をルイーズが呼べば立っているだけかと思われたリリアンは驚き突然ルイーズの部屋にいる事を認識したのか大声で名前を呼んだルイーズが物を投げつけてくるのではないかと防御の姿勢をとりつつ動揺で思った事を口滑りながら、吞気にも少年を視界に捉え少年にも朝の挨拶を交わした。
「!っっ……もう!物投げたりなんかしないから防御の姿勢とるのやめなさいよ!」
「はっ!申し訳ございません!受け止めますのでご存分にお投げください。」
「だから!投げないって言ってるじゃない!これからは国民の憧れである王立グラウトゥリー学園の生徒にふさわしい人物になるわよ!癇癪も起こさないし、たった一人の専属侍女の名前だって本当の名を呼ぶわよ!」
少しでも粗相があればすぐさま何かしらの物が飛んでくるのがルイーズの専属侍女であるリリアンの日常だが、回帰を繰り返しリリアンとも途中からは親しくなっているルイーズにとって学園入学式前までの態度は純然たる黒歴史となっている。だからリリアンにこれまでの経験則からの行動をとられると、どうしようもなく気恥ずかしい思いをするので近頃は優雅に当然であるように毅然として入学式の日は挨拶を交わしていたのに突然リリアンが現れた事によりルイーズの理想とはかけ離れた始まりとなった。今までとは違うと宣言したルイーズは今、気恥ずかしさと始まりから上手くいっていない事の苛立ちで顔を赤くし瞳を潤し原因となった少年を睨みつけている。
「え、えっと、お嬢様?ありがたいお言葉ですが、リリアンではお嬢様の発する言葉が長くなってしまいます。ですから宜しければこれからは、リアとお呼びください?」




