その祝福が招いた絶望【帝国side】
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「……これは……」
地下の大聖堂に到着すると、巨大で重厚な扉の向こう側から、地響きと共に暴風が荒れ狂っているような音が聞こえてくる。
そしてそれに伴い、扉の隙間という隙間から染み出た禍々しい魔力が周囲一帯を覆い尽くし、地下空間は魔力汚染の場へと変貌していた。
『魔神』の眷属たる『魔王』となった事により、魔力干渉をほぼ受け付けない身体となった自分とは違い、この大聖堂に配置されていた兵士達は皆、軒並み意識を喪失し倒れ果てている。
「…………」
だがよく見てみれば、兵士達の顔色は蒼白というより土気色をしていた。……しかも、生命力の源たる魔力が殆ど感じ取れない。
「……ふむ。どうやら魔力を『喰われた』ようだな」
ネイハムの話によれば、王立学院内部で暴れていた筈の『魔神』の魔力は、まるで壊死したように次々と崩れて落ちていったという。つまりは何らかの原因により、その身に多大なるダメージを負ってしまったという事だ。
この『黒城』に仕える者は、下級の兵士に至るまで『魔眼』持ちである。
そして『魔眼』とは、そもそも自分達の祖先が『魔神』の忠実な配下となった対価として与えられし力。いわば『魔神』の魔力に限りなく近い。
それ故、失ってしまった魔力を補填する為に、『魔神』が兵士達の魔力を吸い取ったのだろう。
「つまり、それ程の痛手を負ったという事か。あの『魔神』様が……ねぇ」
さして感慨も無くそう呟いた後、セオドアの口角が微妙に上がった。
「まあ十中八九、あのお姫様がやらかしてくれたんだろうけど。それにしても、いつの間にか『互換』に紛れ込んでいただなんて……。本当に、何をしでかしてくれるのか分からない子だな」
そもそも、『嘆きの霊園』にいたのがオリヴァー・クロスだけであったとすれば、自身を通じて『魔神』の眷属となったシリルを退ける事はほぼ不可能だっただろう。
マルスの時といい、ここに至るまでの間。邪悪な意思を持って彼女に関わった者達の殆どが、企みを叩き潰され、致命傷を負わされている。……まるで、女神からの『天罰』が下ったかのように。
かくいう自分も、スワルチ王国の王族達の『欲』を操って偽りの『聖女』を作りあげ、アルバ王国の王城に送り込んだ事があったのだが、見事に返り討ちにあってしまった。
幸いというか、その頃には既に『魔神』の眷属になっていた為、マルスのように『魔眼』を通じて魂に致命傷を負わされるような事は無かった。だが逆を言えば、それが無ければ確実に致命傷を負わされていたという事になる。
「流石は『姫騎士』の再来と謳われる『大地』の魔力を操りし聖女だ。……厄介な事この上もない」
思えば、彼女が『魔神』を封印させた聖女と同じ力を持ち、この世に生まれ落ちた事が、女神が人類に授けた『祝福』そのものだったのかもしれない。
暫し黙想していたセオドアだったが、やがて扉に向けて手をかざす。すると、重厚な扉は音も無く左右へと広がっていった。それと同時に、魔力の波動がまるで叩きつけるかのように扉から流れ出してくる。
カツ……カツ……。
セオドアは、普通の人間が浴びれば一瞬で命を奪われるような凶悪なソレに臆する事無く、ゆっくりと歩を進める。
すると、元は漆黒の石碑があった筈の大聖堂の中心部に、嘗ては父であった者……前皇帝ソロモンの血肉を使い、この世に具現化された『魔神』が、しわがれた声で低く唸りながら蹲っていたのだった。
しかも、その身体から伸びる無数の巨大な黒蛇……いや、黒蛇に擬態した『魔神』の魔力が、まるで断末魔を上げるように不気味にのたうち回っているのだ。
良く見てみれば、その魔力の殆どが不自然な程に歪な形になっていたり、切断されたかのように短くなってしまっている。
『成る程。まさに満身創痍……といった感じだな。しかも、あのように魔力を駄々洩れにさせているという事は、自身の力で魔力の放出を抑えられない程弱っているという事か』
人間で言えば、切り刻まれた身体から出血が止まらない状態に近い。だからこそ、少しでも魔力を補充せんと、兵士達の魔力を食らったのだろう。
セオドアはその場で片膝を突くと、胸元に手を当て頭を垂れた。
「『魔神』様。魔王セオドア、まかりこしまして御座います」
するとその声に反応したように、『魔神』の魔力が一斉にセオドアへと襲い掛かった。――だがセオドアは、その攻撃を己が魔力を周囲に張り巡らせる事で防ぐ。
【ギ……グ、ガァァッ!!】
「『魔神』様。どうか正気にお戻りくださいませ」
だが、そんな言葉に反応する事無く、『魔神』の魔力はセオドアの結界に巻き付き、破壊せんと力を込める。……当然だろう。今この状況において、眷属であり『魔王』である自分の魔力はなによりのご馳走だ。
『……仕方がないな。このまま食われる訳にはいかないし、こうなった理由を知る為にも……』
セオドアは小さく溜息をつくと、己の魔力を『魔神』に向かい、一気に放出した。
【――……ッ!!……ぐ……うぅ……っ!】
純度の高い『魔眼』の魔力を受け、『魔神』がゆっくりと顔を上げる。
その瞳は白目の部分が黒く染まり、金色の瞳孔も獣のように縦に割れている。そして、憤怒に歪んだ凶悪な表情は、見慣れた父の顔を全く別人のものへと変えていた。
【……セオ……ドア……!!】
僅かばかり、正気に戻ったのであろう。殺意を具現化したような凄まじい魔力が、再びセオドアに向かって放たれる。それにより、セオドアの周囲に張り巡らせられていた結界が、硬質な音と共に粉々に破壊されてしまう。
【き……さま……っ!!何故……『あの者』を……我が不俱戴天の仇たる『聖女』を召喚した!?『あの者』の所為で、我はこのような……!!】
言葉と同時に、『魔神』の魔力がセオドアの身体に巻き付き、まるで蛇が獲物を仕留めるかのようにギリギリと締め上げる。
「……わざとでは御座いません。私にとりましても、あの者がこちらに来たのは想定外の事態でした。それに、彼の者はまだ『大地の聖女』として真に目覚めておらぬ半端者。もし知っていたとすれば、わざわざ『あちら』に飛ばす事無く留めておりましたでしょう」
魔力に締め付けられた身体のあちらこちらから、ミシミシと軋む音が聞こえてくる。だがセオドアは動じる事無く、あくまで冷静な口調で『魔神』と相対する。
「どうか、お教え下さいませ。『魔神』様の身に、何があったのかを」
そんなセオドアの態度に、『魔神』の怒りにぎらついていた瞳と表情が僅かに変化した。
【……あの娘、異界の女神を召喚しおった!!】
「異界の……女神?」
【ああ、そうだ!!あの忌々しき異界の女神!あろうことか、あの霊園にいた異世界人達の魂を浄化したばかりではなく、我に神力を叩きつけてきおったのだ!!】
『魔神』の口から発せられた思いもよらぬ言葉に、セオドアの目が限界まで見開かれる。
――異界の女神を召喚!?しかも、この帝国を、そしてこの世界を恨み続けた怨霊達を浄化しただと!?
女神の寵愛を一身に受けていようとも、まだ幼く未開花な『聖女』だと思っていた。
だがまさか、数百年にも及ぶ恨みを抱え、怨霊に堕ちた魂を一瞬で浄化しうる程の大神を召喚し、あまつさえ『魔神』にこのような深手を負わせるなどと……!
「……なんという事だ……!」
ここにきて初めて、セオドアの胸に焦燥感が広がっていく。……が、『魔神』が次に吐き捨てた言葉に再び目を見開いた。
【しかも、それだけではない!!今まで召喚した全ての異世界人達の魂をも連れ去られてしまったのだ!!長き年月をかけ、育ててきた我が力の糧が全て失われた!!その所為で、異界の女神に破壊された箇所が治らぬ!!……おのれ……!!いずれ、この世界を手中に収め君臨する絶対神たる我にこのような恥辱を……!!許さんぞ『大地の聖女』!!】
「……ふ……ふ、はははっ!!」
突然笑い出したセオドアに、『魔神』が一瞬言葉を無くした後、激高する。
【おのれ、セオドア!!何を笑うかっ!!】
「はは……ふふっ。『魔神』様、どうかご安心を。いずれ、巨大な『負』の感情が、この帝国全土から噴出します」
【……なに……!?それは……誠か!?】
「ええ。それこそ異世界人達の怨嗟など、比べ物にならない程のものが……ね!」
そう。歴代の王侯貴族達が『不要』と断じ、帝国を繁栄させる『贄』とし続けた異世界人達の魂。
それが積み重なり続けていった結果。いつの間にか、この帝国の生命線と言っても過言ではない支柱となってしまっていたのだ。
その支柱が丸ごと消滅したという事実。それはとどのつまり、この国の崩壊を意味する。
――女神よ。お前が人類に与えた「祝福」によって、新たなる絶望への道が開いたぞ!?
「『魔神』様、その時こそが、アルバ王国を……そして、女神を絶望の淵へと叩き落とす時です!この世の全てを貴方様の御力に染めてやりましょう!!」
昏い愉悦に、恍惚とした表情を浮かべながら嗤い続けるセオドアの身体から、『魔神』の魔力が、スルスルと解けていく。
【……いいだろう。お前の言葉を信じ、『その時』を待つとしよう。だが、たばかりだったと判明したその時は、貴様を一瞬で八つに裂き、魔力のひとかけらも残さず喰らい尽くしてやろうぞ!】
「御意。どうぞご随意に」
セオドアは口角を上げると、優雅な所作で礼を執った。
セオドア的には『災い転じて福となす』でした。
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