贖罪と忠誠【帝国side】
この世界の顔面偏差値が高すぎて目が痛い』9巻及び、ジュニア文庫2巻も発売中です。コミカライズ企画も進行中。よろしくお願い致します!
通販その他の情報は、活動報告をご覧になってくださいませ。
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最上位の者のみが、居住する事を許される黒城の本殿。
その中心に位置する『謁見の間』には、半日前に新たなる皇帝となった第三皇子セオドアが、高御座に置かれた重厚な玉座に座し、気だるげに頬杖を突きながら瞼を閉じていた。
「魔王陛下」
己が手で得た称号を呼ばれ、セオドアは閉じていた瞼をゆっくりと開く。
高御座の下に目をやれば、今は亡き前皇帝の腹心であった宰相のネイハムが、臣下の礼を執りながら首を垂れていた。
「ネイハム。何かあったのか?」
セオドアの言葉に、ネイハムは礼を執ったままの状態で顔を上げた。
「先程、『魔神』様がアルバ王国の王太子達との戦闘を突如中断され、姿を消されたとの報告がはいりました。多分ですが、地下の大聖堂へ戻られたのではないかと……」
ネイハムの報告を受け、セオドアの瞼がピクリと震える。
「……『魔神』様がお姿を消された時の状況を説明せよ」
「は。辛うじて建物内から撤退した者達の話によれば、突如として『魔神』様のお身体が崩れ始め、その後直ぐにお姿が掻き消えた……との事で御座います」
「……そうか。『魔神』様と共有していた筈の視界が急に切れ、どうしたのかと思っていたが、まさかそのような事になっていたとは……。もしや、アシュル王太子の『光』の魔力によるものか?それとも、彼の大精霊の力か?」
セオドアの問い掛けに対し、ネイハムは静かに首を振った。
「残念ながら、そこまでは分かり兼ねまする。ですが話によれば、王太子も大精霊も、現状維持で手一杯な様子だったとの事です」
「そうだよね。それは僕も『視て』いたから知っている。寧ろ、シリルを『嘆きの霊園』に向かわせた事により、あそこから送られてくる『負』の感情は、かつてない程強大なものとなっていた筈。なのに、何故……」
そこでふと、セオドアは目を見開く。
「そういえば、シリルの気配を感じられない。アレは僕を介して『魔神』様の眷属となったから、生きていれば気配も居場所も探知出来る筈なのに」
「魔王陛下。では、シリル様はもしや……」
「さあ?どうだろう。……僕の駒も与えたし、オリヴァー・クロスとその配下達を殺すだけなのだから問題ないだろうと思い、放置していたが……。ひょっとすると、『嘆きの霊園』で何かがあったのかもしれない。そしてそれこそが、『魔神』様が大聖堂に戻られた原因なのだろう」
少しの間思案した後、セオドアは玉座から立ち上がった。
「では、僕が直接『魔神』様の元へと馳せ参じ、原因をお聞きするとしよう……」
そこで一瞬、セオドアの言葉が切れる。
「……魔王陛下?」
「セオドア様!?」
傍らに控えていた護衛騎士ゼンが、無言になってしまった主に声をかける。だが、セオドアはそれに応える事無く、更に瞼を閉じ意識を集中させる。
――やがて、セオドアの瞼がゆっくりと開かれた。
「……ふふ……。アルバ王国の王太子達が、結界から出てこちらに向かっている。どうやら、『魔神』様が撤退した今が好機と、攻めに転じたようだね」
「アルバの王太子達が!?」
驚愕の面持ちで自分を見つめるゼンを気にする事無く、紫暗色の瞳を妖しく煌めかせ、楽し気に口角を上げていたセオドアは、突然浮かべていた笑みを消した。
「――ッ!?なっ!!オリヴァー・クロスだけでなく、バッシュ公爵令嬢……いや、『大地の聖女』もいるだと!?……そうか、彼女がこちらに……。では間違いなく、『あちら』は掌握されたか。……ゼン」
「はっ!」
「お前はここに残れ。多分……いや、間違いなく、彼らはここにやって来る。お前は他の者達と共に、ここで彼らを迎え撃て。いいか、彼らを決して『魔神』様の御許に向かわせぬようにしろ」
「――ッ!……セオドア様、私は貴方様の護衛騎士です!どうか、私を共にお連れください!!」
「必要ない」
「セオ……」
「これは命令だ。従え!」
無情な一言に、ゼンの顔が歪む。そんな彼の横を通り過ぎる瞬間、セオドアが口を開いた。
「……お前は僕の為に命を捧げると誓った。ならば……」
言葉の最後は聞き取れない程小さく……だが、ゼンの耳にだけはしっかりと届いた。
「……御意!」
騎士の礼を執ったゼンを一瞥した後、セオドアは一歩一歩高御座を下りていく。そしてゼンと同じく、頭を垂れた状態のネイハムの横を通り過ぎようとし……そのまま立ち止まった。
「ネイハム」
「はっ」
「我らが絶対神たる『魔神』様の御為とはいえ、父上を弑し、皇帝の座を簒奪した僕に唯々諾々と仕えるとは……。一体何を考えている?お前……いや、お前達は僕に対し、腸が煮えくり返っているのだろう?」
「…………」
前皇帝の死。それは、『魔神』が彼の身体を己の『器』として欲したがゆえの結果……となっている。
だがそれが、己の復讐の為に『帝国皇帝』の地位を欲したセオドアと、己の完全なる復活を狙った『魔神』との利害が一致し、その延長線上で描いた茶番劇の結果だったとしたら……。ネイハム達にとってセオドアは、我欲により主君を殺めた仇でしかない。
だが、前皇帝の側近中の側近と言われたネイハム。そしてネイハムと同様、前皇帝に絶対の忠誠を誓った他の側近達は皆、前皇帝がセオドアに殺されたにも係わらず、仇である筈の彼に対し、何の躊躇もなく忠誠を誓ったのだ。
『魔神』に仕える民の末裔として。そして、例え簒奪者であろうとも、より強い者に恭順する帝国貴族としてなら、ネイハム達の態度は正しいと言えるだろう。
だが、彼らの前皇帝に対する忠誠は、もはや崇拝に近いものであった。それはセオドアだけでなく、貴族であれば誰もが知っている事実。だからこそ、敢えてセオドアはネイハムに問うたのだった。
やがて、ネイハムはゆっくりと顔を上げると、セオドアと視線を交わらせる事なく、静かに口を開く。
「……それが、あの方の……ソロモン様のお望みでした」
「……自分を殺した僕に、お前達が仕える事がか?」
静かな問い掛けに、ネイハムは「はい」と頷いた。
「自分が死した後は、変わらぬ忠誠を貴方へと……。なれば、我らはその意に従うまでの事」
「何故、お前は……。いや、お前達は、そこまで前皇帝の……父上の命に従う?」
セオドアの声が固くなる。その声音には、相手の真意を測りかねているような困惑の色を含んでいた。
「……ソロモン様は……。お優しい方でした」
その言葉に、セオドアの目が僅かに見開かれる。ネイハムはそんなセオドアに構う事無く、ただ静かに言葉を続ける。
「帝国では、『魔眼』を持つか持たないかによって、その後の人生が大きく変わります。私や私以外の側近の者達も全員、『魔眼』を持って生まれはしました。けれども、その力はさほど高くはなかった。ゆえに、家族や家門の中で肩身の狭い思いをしておりました」
「……お前達は、皇族に近い血筋の者達であった筈。それでも、そのような扱いを受けたか。……まあ、それで言うのであれば、僕も他人の事は言えないがな」
「はい。ですがあの方は私達に向かい、『何故己を卑下する?お前達には、『魔眼』以外にも稀有な魔力属性があるだろう?』と仰り、我々が傍に侍るのをお許し下さったのです」
「父上が……」
「尤もあの方にとって、それはただの『事実』であり、それを考慮しただけの事だったのでしょう。……ですがそれは、帝国の皇族として有り得ない考え方でした」
セオドアは、ネイハムへと視線を向ける。その瞳には、どこか懐かしむような色が浮かんでいた。
「確かに……。身分が高くなればなるほど、『血統』や『魔眼』の強さに固執するものだからね。まあ、そういう方だったからこそ、敵対国であるアルバ王国の女を愛妾に迎えるなどという酔狂な事をされたのだろう」
そこで一旦言葉を切ると、セオドアは口角を歪めた。
「……だが、中途半端な『優しさ』は、時に己をも滅ぼす凶器となる。一時の戯れとして、そのまま興味を無くして打ち捨ててさえいてくれたら……。そうすれば、父上も母様も死なずに済んだ……」
あくまで穏やかな口調であるものの、そこには隠し切れない憤りが滲み出ていて、ネイハムは自分を見つめるセオドアと視線を合わせた。
「仕方がありませぬ。我らは誰も、知らなかった」
「……何を?」
セオドアの問い掛けに、くしゃり……と、ネイハムの表情が歪んだ。
「我が帝国が繁栄を享受する為に犠牲にしてきた者達の心を。その恨みを。憎しみを。そして彼らから、『愛』を得られぬ呪いをかけられ続けてきた事を……!!」
――そう。無理矢理『異世界人召喚』された多くの女性達は、自分達からかけがえのない故郷と人生を奪った帝国を憎み、自分が番わされた相手を決して愛そうとしなかった。それは自分が産んだ子に対しても同様であった。
愛を知らない者は、相手に愛を与える事が出来ない。
更にはそこに、道具のように使い捨てられた『異世界人』達の深い恨みが加わった事により、『異世界人』のみならず、帝国人として生を受けた筈の女性にすら『愛』を与えられぬ呪いが、負の連鎖として帝国に根付いていったのだった。
「あの方は……アルシア様は、本当に変わった方だった。誰もが『黒き氷の帝王』と呼び、恐れるソロモン様に対し、臆する事無く真正面から向き合われた。そんなアルシア様を、いつのまにかソロモン様も慈しまれるように……」
「…………」
「……ですが、ソロモン様は分かっておられなかったのです。アルシア様を慈しむその御心の名前を。そしてその姿が、周囲にどう映るのかを!」
在りし日。皇妃が主催したお茶会にアルシアが参加すると聞き、ソロモンは自分達側近を従え、その場に向かった。それは単純にアルシアの身を案じたからなのか……。それとも、ただ純粋に会いたかっただけなのか。
だが会場に着き、ソロモンがアルシアと微笑み合う光景は、その場にいる多くの者達の心を鋭く抉った。……そう、この自分の心をも。
「……今でも思い出します。あの時感じた気持ちを……」
驚愕、羨望、そして……得も言われぬどす黒い感情。自分達が決して得られないものを得たソロモンへの、それは紛れもない嫉妬心だった。
「その時感じた感情ゆえに、我々は次に起こるであろう最悪な状況を想定する事を放棄してしまいました。……結果、ソロモン様と貴方様からアルシア様を奪い、その事によって、ソロモン様の御心もまた死んでしまわれたのです」
その場に沈黙が落ちる。二人は暫し、互いに無言のまま見つめ合っていた。
やがて、ネイハムがフッと息をつくと、セオドアに向かい貴族としての最高礼を執った。
「……セオドア様、これは贖罪なので御座います。私は側近でありながら、あの方を二度も死なせてしまった。だからこそ、あの方の望みは必ず叶えます。この身命を賭してでも……!」
漆黒の瞳に揺るがぬ決意を宿すネイハムを、冷めた目で一瞥した後、セオドアは口を開いた。
「……お前達のくだらん罪悪感も、母を失い腑抜けとなった父の事も、もうどうでもいい。僕は復讐を止めないし、邪魔する者は徹底的に叩き潰す。それだけだ」
感情のこもらない冷たい言葉。それに対し、ネイハムはただ一言「ご随意に」と返す。
「宰相ネイハム。及び重鎮達に我が名をもって命ずる。ゼンと共にアルバ王国の者達を迎え撃て。討つのが叶わぬのなら、一分一秒でも長く足止めを。いかに無様を晒そうと、必ず成し遂げよ」
「御意!勅命賜りました」
片膝を床に突くネイハムを一瞥した後。セオドアは踵を返すと、地下の大聖堂に向かって歩き出した。
アルバ王国と帝国。歩んできた道が正反対だったがゆえの悲劇と因果です。
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