第29話 天使の使命
石畳の広い部屋で目を覚ました1人の天使が周りを見渡す。
「……ここは?」
………ここは始まりの地。
神の間と呼ぶ者もいる。
「神の間?…お前は誰だ?どこにいる?」
天使が辺りを見渡す。声はするが姿が見えない。
……私は、お前達の父。
我が子よ…お前に名前と力…そして使命を与える。
「どこにいるんだ?…名前?……使命?」
お前の心の中にわたしは存在する。
……我が子よ、これから天使として人間や他の天使、天界の為に生きるのだ。今の天界は大きな力を失った…そのためにお前には…
「……人間と天使の為?……何で他のやつの為に生きないとダメなんだ?……俺のやりたい事はやっちゃダメなのか?」
…………。
…面白い者だな、私にそんな事を言った者は初めてだ。
お前にやりたい事があるのか?
天使が悩む。
「……わからない。今、目覚めたばかりで何も知らないから…」
そう言うと外に出ようと大きな扉の方へ向かって歩き始める。
……待て、まだ力を与えていない。
「…力?…いらない。…それよりも外に出たい。何があるのか気になる。」
…まったく、変わり者だな。力が要らんのか。
…………いいだろう。
お前のやりたい事を探してみろ、力は必要になった時に与えよう。
大きな扉が開いて光が指す。
…外で…ミカエルが待っている。
彼にこれから天使としての知識を習うといい…
「…ミカエル?」
……天界の長だ。
…シャムシエル……お前の進む道に光あれ。
「…シャムシエル?」
お前の名だ…私はいつもお前のそばにいる。
朝、シャムシエルが自分のベッドで目を覚ます。凛子は隣で眠っている。
………思い出した、あの声は。
……昔のこと過ぎて忘れていたな。
あの時……力はいらないって言ったけど……
シャムシエルが起き上がる。隣で眠る凛子の頬に触れる。
永く生きてきてこんな感情になったのは初めてだ。
どうしても、守りたい。
…なりふりなんか構ってられない…凛子の為に。
シャムシエルが覚悟を決める。
凛子が自分の頬に触れているシャムシエルの手に自分の手を添える。
……あれ?目が覚めたのかな?
シャムシエルが凛子の顔を覗きこむ。
小さな寝息をたてて凛子が眠っていた。凛子の顔を見てシャムシエルが微笑む。
「…本当に、可愛いすぎるな……このお嬢さんは。」
シャムシエルが凛子の額にキスをする。凛子が目を覚ます。
………?…誰か……顔に触って…る?………!!…顔、近っ!!
「!!?!!?!!」
凛子が顔を真っ赤にして慌てて後ろに下がりベッドから落ちる。
「…痛い~!」
「……大丈夫?」
シャムシエルが心配そうな顔で凛子に話しかける。凛子が起き上がる。
「…大丈夫…です。…おはようございます。」
「おはよう。」
シャムシエルが笑顔で言うと凛子を抱えてリビングへ向かう。
「…!…じ、自分で歩けます…」
凛子が恥ずかしそうにシャムシエルに訴える。
「いいから、いいから。」
シャムシエルが笑顔で答える。
……あれ?もやしさん、いつも通りになってる。
昨日は落ち込んでるように見えたけど…
「ハスディエル、朝ごはん食べるのか?」
リビングでシャムシエルがそう言うとハスディエルが姿を現す。
「もちろん…凛子ちゃん、おはよう♪」
ハスディエルが笑顔で凛子に挨拶する。
「おはようございます。」
「凛子は座ってて、俺が朝ごはん、作るから。」
そう言うとシャムシエルが凛子をソファーに座らせる。
「わたし、作りますよ。」
「…昨日から、まともに食べてないだろ?…倒れるよ。」
「大丈夫です。」
シャムシエルが凛子の鼻をつまむ。鼻をつままれた凛子が驚く。
「凛子の大丈夫はあてにならない。…座ってて。」
「顔色がよくないな。」
ハスディエルも心配そうに凛子に言う。
「この子、肌が白いから寝起きは青白く見えるのもあるんじゃない?」
マキディエルがソファーに座ったまま言う。突然、現れたマキディエルを見て凛子が驚く。
「…え?!…マキディエル…さん?……おはよう、ございます…」
「おはよう、凛子。久しぶりね。」
マキディエルが笑顔で凛子に挨拶する。
「そうですね。」
「シャムシエル、私も食べるわよ。」
マキディエルがシャムシエルに言う。
「…お前もかよ。…分かったよ。」
シャムシエルが呆れ顔でキッチンへ向かう。
「…マキディエルさんも来てくれたんですか。すいません…」
凛子が申し訳なさそうにマキディエルに言う。
「あんたが謝ることないでしょ?私はウリエルからの指示で動いてるんだから。…それにしても、顔色悪いわね…」
マキディエルが凛子の頬に触れる。
「寝起きなんで……」
「ちゃんと食べてる?…少し痩せたんじゃない?」
マキディエルが心配そうに凛子に聞く。
「昨日はまともに食べてないんだよな。…さすがに少しでも食べないと本当に倒れるよ。」
ハスディエルも心配そうに凛子に言う。
「…本当に、大丈夫ですよ…」
凛子が困り顔で微笑みながら言う。
「お前は元気だよな、マキディエル。あれから休みなしだろ?」
ハスディエルがニヤニヤしながらマキディエルに言う。
「…うるさい!…ウリエルったら本当にこき使うんだから!」
「え?!…お休み、もらってないですか?」
凛子が心配そうにマキディエルに言う。マキディエルがため息をつきながら凛子に言う。
「私の心配してる場合じゃないでしよ?…本当に、しょうがない子ね…」
……自分の命を狙われる時なのに、周りの事ばっか気にして。…人間の姿してるのが不思議なくらいね。
「…ねぇ、シャムシエルなんだけどさぁ…」
マキディエルがハスディエルに話しかける。
「人間の前だから、天界の話はするな。」
ハスディエルが真顔でマキディエルに言う。
「…そうね。」
マキディエルが焦りながら自分の口元をおさえる。
「…?」
凛子が不思議な顔で2人を見る。
「ごめんな、凛子ちゃん。…天界の話だから…」
ハスディエルが笑顔で凛子に言う。
「…なんの話してんだ?」
シャムシエルがトレイに乗せた、朝食を持ってリビングに入ってくる。
「まぁ、天界の事だ。気にするな。」
ハスディエルがシャムシエルに言う。
「ふぅーん。」
シャムシエルが朝食をテーブルに並べる。凛子の前には野菜スープを置く。
「残してもいいからね。」
「ありがとうございます。」
……あんまり、食べなくないけど。
食べないで倒れたら迷惑かけちゃうし…
凛子がスープの入った器を持つが手を滑らせて自分の太ももにスープを零す。
「…!!……熱っ!」
「!!」
シャムシエルが慌てて凛子を抱えてバスルームへ向かう。
「すいません!カーペットとソファーが汚れ…」
「そんなの、どうでもいいよ!早く冷やさないと…」
冷たいシャワーを凛子の太もも辺りにかける。
「…冷たいけど、少しの間、我慢して…」
心配そうに凛子を見ながらシャムシエルが言う。
…寒いだろうけど、無理に脱がすと皮膚が剥がれるから…でも体が冷えると風邪ひくし…
「………寒い。」
凛子が体を震わせる。
「もう少し、我慢して…」
そう言うシャムシエルの頭をマキディエルが叩く。
「何してんのよ!凛子が風邪ひくでしょ?!…どきなさい!」
「え?…火傷は冷やさないと…」
「どれだけ焦ってるのよ!…びしょ濡れじゃない可哀想に…」
マキディエルがシャムシエルをどかせて凛子のスープのかかった辺りに手をかざす。
……ヒリヒリしなくなった。
治った?……のかな?
「…もういいわよ。服を脱いで、暖かいシャワーを浴びなさい。」
「…ありがとうございます。」
「…あ、そうか…普通に治せばよかったな…」
シャムシエルがぼんやりと呟く。
「そうよ。……あんたもびしょ濡れじゃない、着替えてきなさい。」
呆れた顔のマキディエルがそう言うとシャムシエルをバスルームから追い出す。
「焦りすぎだろ?普通に治してやればよかったのに。……まぁつい最近まで堕ちてたから仕方ないか。…治癒能力がなくなってたんだろ?」
バスルームの前にいたハスディエルがシャムシエルにため息混じりに言う。
「…ああ。…堕ちてる間、治癒能力がなくなってた。」
「やっぱり。……とりあえず、着替えろよ。」
……昔はいつも、冷静で何に関しても興味がなかったのに。
凛子ちゃんの事になると必死だな……
ハスディエルがシャムシエルをじっと見る。
マキディエルがバスルームから出てきて2人に言う。
「女の子がシャワー浴びてるのよ!この場から離れなさい。」
慌ててハスディエルがリビングへ向かう。
シャムシエルは自分の部屋へ行って着替える。
焦りすぎて治癒能力の事、忘れてたな。
…あ、凛子の着替え持っていかないと。
凛子の着替えを持ってバスルームへ向かう。
「凛子、着替え持ってきたからここに置いておくね。」
「は、はい、ありがとうございます。」
凛子がシャワーを止めてバスルームから出ようとドアに向かうが足を滑らせてコケる。
ゴンッ!!
バスルームの床におでこをぶつける。
「…痛い……」
凛子が起き上がってぶつけたおでこに手を当てながらため息をつく。
……おでこ、ぶつけた…今日は…ついてないなぁ……
「凛子?……大丈夫か?!」
物音を聞いて驚いた、シャムシエルがバスルームのドアを開ける。
「…大丈夫ですよ。…コケて、おでこをぶつけただけ…なの……で………!?!?!!」
凛子が耳まで真っ赤になってしゃがみこむ。
シャムシエルが凛子の体を見て言葉を失う。
……体中、傷だらけ。火傷の後も…
「………………。…本当だ、おでこが赤くなってる。」
シャムシエルが凛子にバスタオルをかけておでこに口付ける。
…あれ?痛みがなくなった。
「…体、ふいてあげようか?着替えも手伝うよ。」
シャムシエルが笑顔で凛子に言う。
「!!…じ、自分で、出来ます!!」
凛子が顔を真っ赤にしてシャムシエルに言う。
「そっか、外に出てるね…」
シャムシエルがバスルームから出てリビングのソファーに座る。
……お腹の傷は凛子がここに来た時に見たけど、他にもあんなにあるなんて…
シャムシエルが苦しそうな顔で大きなため息をつく。
…実の娘になんて事、するんだよ。
シャムシエルがうなだれる。
「…あれ?ハスディエルさんとマキディエルさんは?」
凛子がリビングに入ってきた。2人の姿はなくシャムシエルがソファーに座っていた。
「朝ごはん、食べたら見回りに行ったよ。」
「そうですか。」
…あれ?もやしさん、元気ない?…どうしたのかな?
「…スープ、飲む?」
シャムシエルが立ち上がってキッチンへ向かおうとする。
「……いえ、後でいいです。」
「ダメ!…少しでも食べないと。さっき、全然食べてなかっただろ?」
「……すいません。」
…せっかく作ってくれたのに、こぼしちゃった。
凛子が下を向いて申し訳なさそうに謝る。
「謝らなくていいから。…座ってて。」
シャムシエルが凛子の頭を撫でてからキッチンへ向かう。
ハスディエルとマキディエルがマンションの屋上にいた。
「…話には聞いていたが、ここまで変わってるとはなぁ…驚いた。」
ハスディエルがマキディエルに言う。
「私も最初、見た時は目を疑ったわ…まるで別人。」
……凛子ちゃんを守るために必死だな。
天界ではどの女にもたいして興味なかったのに。
「…いい男になりやがって。…助けねぇ訳にはいかねぇよな?マキディエル。」
ハスディエルが微笑む。
「……そうね。ここの任務、嫌がる天使もいるみたいだけどね。」
「それだよ。…お前が来てくれて助かった。他のやつじゃあてにならん場合もあるからなぁ…」
ハスディエルがため息混じりにマキディエルにだけ聞こえるくらいの小さな声で言う。
「まぁ、気持ちも分かるけどな。1度は堕ちた天使の為に動きたくないよなぁ…」
「そうね。でも神の加護がある以上、同じ天使である事に変わりはないでしょ?」
「…そう考えるやつばかりじゃない。あいつは今まで、好き勝手してきたからなぁ…」
ハスディエルがため息混じりに言う。
「たしかにそうね。本当、ワガママな僕ちゃんだもんね。」
「間違いねぇな!ワガママ、気ままなお子様だな。」
ハスディエルとマキディエルが顔を見合わせて笑う。
「そういや、シャムシエルなんだけど…どうなってるの?前に比べて力が増してる。」
「目覚めの時が近いんだよ。」
「目覚め?」
「あいつは力を受けずに神の間から出てきた。」
「…え!?…力を受けずに?」
「オレが目覚めた時に親父に言われた。力はいらないって言ったらしい。」
「……力はいらないって…言ったの?」
…たしか、シャムシエルとハスディエルは同時期に目覚めたのよね?シャムシエルの方が少しだけ早く神の間から出て来たみたいだけど…
マキディエルが驚きながらハスディエルに聞く。
「…そうだよ、変なやつだろ?…そして、いらないって言ってた力を受ける日が近づいてる…」
…変わり者のあいつがやっと1人前になる日が。
ハスディエルが微笑む。
つづく。




