第95章:桑川の改心
やがて、川原美香の食糧事務所への「出向」が終わりを迎えようとしていた、ある日のこと。
勤務を終えて、事務所の玄関を出たところで、茂は、待っていた桑川に声をかけられた。
「・・・杉山、話がある。ちょっと、ツラ貸せ。」
そう言って彼は、また茂を事務所の裏手に連れ出した。
(なんだよ。またここで俺を殴る気か、こいつ・・・。)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
裏手に入ると・・・桑川は、いきなり茂の前に土下座をした。
「・・・杉山ッ! 俺が悪かった。川原さんとお前には、本当にすまんことをした。とりかえしのつかないことを、俺はやっちまったんだ。せっかく、おまえらが仲良くなったのに、俺が流した噂のせいで・・・。」
茂には、目の前の光景が信じられなかった。
あれほど自分をねたみ、憎み、悪略の限りを尽くしてきたあのワルが、こうして自分の前に手をついて謝っている・・・。
「杉山・・・俺は・・・」
「・・・いいんだよ、桑川。こうなったのは、何もお前のせいじゃない。きっと・・・運命だったのさ。俺と川原さんは、最初から縁がなかったんだよ。気にすんな。」
「杉山よぉ・・・おめえどこまで・・・」
「さ、立てよ。おまえらしくねぇぞ。いつもみたいに、『悪態』のひとつもついてみせろよ。」
「杉山・・・俺は・・・俺はなぁ・・・。おめえの『彼女』には、手を出してねぇからな。・・・店にだって、一度も行ってやしねえんだ。信じてはもらえねえだろうが・・・。」
「ああ。それもわかってるって。・・・おまえは、嫌なヤツだったけど、そんな卑怯なことをする男じゃねえ。おまえと武村は違う。だってさ、俺はおまえのこと、農業大学校で4年もそばで見てきたダチじゃないか。いっしょに寮の部屋で寝泊りしたこともあったじゃねえか。同じ釜のメシ食って・・・」
「杉山・・・。」
「桑川・・・まゆちゃんとは仲良くしてんのか・・・?」
「・・・切れたよ。」
「なに・・・?」
「切れた。・・・最後はケンカ別れさ。もう、どこに行ったのかも、わからねえ・・・。」
「そうか・・・。すまねえことを訊いちまったな。おまえも・・・俺同様、いろいろあったんだな・・・。」
「・・・・・・。」
「俺な、桑川。事務所辞めるかもしれねえ。・・・つくづく疲れたぜ、こんなひでえ環境にはさ。」
「・・・やめんな。」
「ん・・・?」
「やめんなよ、杉山。お前がいなくなっちまったら・・・俺、おまえに今度はなんて謝ったらいいんだよ・・・バッカヤロー。絶対にやめんじゃねえぞ、この弱虫ヤローがッ!」
「・・・それでいい。わかった。しばらくは、やめねえよ。俺だって、生活があるしな。」
「杉山・・・。」
「桑川・・・おまえのこと、本当に俺は嫌いだったけど、こんなに優しくて、いいヤツだったんだな。俺・・・おまえを心底見直したぜ。いいダチだよ、おまえは。」
そう言って茂は、微笑し、桑川の肩を優しくポンとたたくと、事務所をあとにした。




