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第92章:『グアヤコール』だあ・・・?

 茂は、つくづく、この悪辣(あくらつ)で陰湿な職場に嫌気がさしていた。


 (・・・いっそ、今日で退職して、民間企業にトラバーユするか。ここだけが人生じゃねえしな・・・。)


 何度もそう考えたが・・・茂が食糧事務所に入所した当時、まだまだ世の中は、バブル崩壊後のいわゆる『平成大不況』の真っ只中にあり、そうやすやすと転職できる世情ではなかった。


 しかも、茂は仮にも「国家公務員」。


 程度は・・・レベルは、下(げ)の下(げ)の最低の「Ⅲ種」とはいえ、その時点ではまだまだ「安定した職場」であった。


 茂が経理課に異動したあとも、武村は、かつての部下だった仁井田などをしたがえて、2階の茂のいる部屋のドアを少し開けて、ニヤニヤしながら茂の顔を「偵察」に来て、「あや」がいなくなって意気消沈して、また、武村に「けがされた」ショックで傷ついた茂の心に、塩をなすりつけるような行為をさまざまな陰湿な形で繰り返した。



 一度、こんなことがあった。


 茂が、2階の男子トイレで用を足していたときのこと。


 その武村が入ってきて、並んで小便を始めた。


 ヤツが、ニコニコしながら茂に話しかける。


 「・・・よお、杉山さん、元気かい?」


 「え? まぁ・・・。」


 「やけに表情が暗いじゃないか。 ・・・ところでよ、杉山さん。検査課で使う試薬の『グアヤコール』知ってるか?」


 「はい・・・?」


 「『グアヤコール』だよ。グ・・・あや・・・コール。はははは。」


 「うっ・・・。」


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 また、こんなこともあった。


 何の集まりかは忘れたが、茂が今いる経理課の大部屋で、自分の湯飲(ゆの)み茶碗(ぢゃわん)を持参して、『乾杯(かんぱい)の音頭(おんど)』を、2階・3階の職員で執り行うイベントがあった。


 そのとき、茂の今の上司である高橋氏を押しのけるようにして間に割り込み、無理やり茂の隣に、「ねじ込むような形」で、狭い空間でぴったりと張りつき、茂の机の上に、勝手に自分の湯飲みを「トン」とすっとぼけたニヤケづらで置いてみたり。


 他に空いているスペース、立ち位置が十分あるのに、である。


 武村は茂ひとりに対し、たびたび、こうした細かい「嫌がらせ」「張り付き」「挑発行為」を繰り返していたのだ。


 ・・・このとき茂には、頼るべき『天使』がひとりもいなかった。


 強力な味方であった、森川部長と根岸氏も、もうこの職場にはいない。


 蛭田管理官も、『人事異動』で、遠く小山支所の職員だ。


 気難しい、茂にはまるで関心の無い、新しい上司も、救いの手を差し伸べてくれそうにはなかった。


 ・・・それでも彼は、職場を去らずにがんばりぬいた。


 いつかきっと、またいいことがあるさ、と自らをなぐさめながら・・・。

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