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第85章:不器用な上司、武村と行き違う・・・若造、茂

 1994年3月中旬。


 茂は、検査課長の青木氏から、「異動内示(いどうないじ)」を申し渡された。


 来年度・・・つまり、1994年の4月からは、新しい部署に異動することになったのだ。


 あとから根岸氏に聞いたところによれば、本来茂は、あと2年は、この「指導係」の地位におさまっているはずだったので、今回の茂の例は、かなり「異例」の人事異動だったらしい。


 ・・・というのも、あまりにも茂と武村の「不協和音」が激しく、「水と油」状態だったために、業務にたびたび「支障」「遅延(ちえん)」が生じていたということもあり・・・検査部長の森川氏が慎重に検討してくれた結果のことであった。


 ただ・・・ここまでさんざんと物語中で「悪者扱い」して、こきおろして書いている「武村久夫氏」だが、実は、100%そうとも言い切れない一面もあった。


 それを、彼の名誉のためにも、ここで一つだけ記しておこう。


 武村は、自分の直属の部下だけになぜか粘着し、「目の敵(かたき)」にする性質があった。


 これはあとから知ったことだったが・・・茂が初めてというわけではなく、彼の下についた部下、すべてがそのような理不尽で嫌な「洗礼」を浴びていたということらしい。


 そして、そんな中でも彼になつき、「忠誠を誓った者」だけを、手足のようにこきつかいながらも、受け入れ、自身の「武村一派」に取り込んでいく・・・このような流れだった。


 そういった意味で、彼には決して最初から「悪気」があったわけではなかったらしい。


 実際、途中までは、茂を取り込もうと、しつこいほど茂にまとわりつき、ウザイほど関心を寄せてきたのだ。


 うっとしいほど茂に顔と体を近づけ、彼に酒臭い息を吹きかけながら・・・。


 「茂とも本当は仲良くしたかった」「はじめからそのような粘着タイプの性格だった」・・・ひとえに、そう評価できるかもしれない。


 このすぐあとで述べるような「いやがらせ」「悪さ」をしようなどという腹積もりは、当初無かったようなのだ。


 実際茂が一日の仕事を終えて自分の席から退出しようとふと武村を見やると・・・彼の目には涙が光っていたことがあった。


 今思えば・・・なぜか自分を、まるで「アレルギーのように」毛嫌いし、いつになっても自身になつかない茂に対し、さびしい思いと、「どうして彼は、こんなに俺を憎み、忌み嫌うんだろうか・・・。」という、心中悲しい思いを抱えていたのかもしれない。


 また、業務内容を自分だけが抱え込み、ロクに茂に教えなかったというのも・・・よくよく考えてみれば、その行動理由を理解するための「糸口」が、こんにちでは見えるような気もする。


 おそらく彼は・・・もっと茂に頼られ、当てにされたいと思っていたのではなかったのだろうか・・・?


 さらに踏み込んだ分析をするならば、「もっと自分に甘えてほしかった。」と。


 武村は、茂が食糧事務所に入る少し前から、「どうやら今年は、非常に優秀な若者がひとり検査課に配属されるらしい」という情報を、事前に人事の関谷から入手していた。


 彼がタバコをたしなまない、という情報も。


 それで、「一を聞いて十を知る」タイプだった茂に、脅威を感じていたのかもしれなかった。


 (俺が少しでも、すんなり教えてしまったら彼は・・・)


 実はこのように考えていたのかもしれない。


 いかんせん、茂はまだ、世間知らずの「おぼっちゃん」で、若かった。


 前述のそうした武村の言動のすべてを、茂は自分に対する「悪意」ととらえた。


 当時、たかだか23歳の若者だった、人間的にもまだまだ練れておらず、未熟で世間知らずの彼が、このときの武村の本当の心中というものをおもんぱかる余裕など、まったくといっていいほど無かったのである。


 いろいろな経験を積み、世間の厳しく冷たい風に吹かれ、荒波にさんざんもまれながら、さまざまなタイプの人間を見てきた、令和の齢50を過ぎた「オヤジ」の今なら、もっと彼の心情を、十分に理解できたのかもしれない。


 ・・・もっとお互いの距離を縮め、歩み寄ることが出来たのかもしれない。 


 武村自身もこのとき35歳の、比較的「若造」といえる中堅どころであったので、まだまだ人間的にも「練(ね)れていなかった・・・」、そう言えるのかもしれないが・・・。



 ただ武村は、非常に「公私混同(こうしこんどう)」する男だった。


 茂が聞いた話によると、一派(いっぱ)の佐藤、仁井田の二人は、武村の元部下で、休日にも、武村の自宅での農作業手伝いに狩り出されていたとのことであった。


 武村の家は、いわゆる「兼業農家」であり、あまり規模は大きくはないものの、米農家であった。


 そして、貴重な休日に、武村に言われるままに呼びつけられた佐藤たちは、1円の「駄賃(だちん)」「報酬」ももらえることなく、田んぼ内の雑草の草むしりやら、稲刈り作業を手伝わされていたらしい。


 出る報酬をあえて記せば・・・昼飯の「まずい握り飯」・・・たったこれだけだったそうな。


 いくらなんでもこれでは・・・。

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