↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/246

第75章:『1993年度ミスター&ミズ東日本ボディビル選手権大会』

 8月。


 蒸し暑い空気の中、茂はU市の県庁前にある、「T会館小ホール」の中にいた。


 この日、地下にある、このホール内で、ひとつのイベントが開催された。


 『1993年度ミスター&ミズ東日本ボディビル選手権大会』である。


 この大会は、茂のいるT県のボディビルダーが出場する「ミスター&ミズ TOCHIGI選手権大会」と、もっと規模の大きいブロック大会である、「ミスター&ミズ 東日本」の大会が、同じ会場で同時開催されるものだった。


 出場者は全員、賞金を稼がない、いわゆる「アマチュア・ボディビルダー」である。


 ただし、この試合の観戦者には、入場料が課せられる。


 ステージ前の「VIP席」は、6000円、その後ろの「A席」は5000円、「B席」は、4000円・・・だいたい、このくらいの値段であった。


 茂自身も、この「ボディビルディング」というスポーツに、最愛の恋人「峯岸美絵子」からの『最後の愛のメッセージ』を受け取った翌日から取り組み、週3日、約一日置きに上半身のトレーニングをこなし、たまに足のトレーニングを入れる・・・このようなメニューを自らに課していた。


 もともと茂は、遺伝的に太りやすい体質だったのだが、減量の一環として始めた「補強運動」にすぎなかった、このスポーツを開始してから、急激に骨格が頑健になり、筋肉も面白いように発達して大きくなったので、この「ボディビルディング」に「どハマリ」したのだ。


 さらに、知識欲も旺盛だった彼は、ボディビルに関する雑誌、ビデオを買いあさり・・・今日この日、初めて、生の「ボディビル競技」を観戦するに至った、という流れだった。


 まだ大会が始まる前の早い時間から彼は会場に足を運び、そこで、まだ「私服」の出場者の群れに遭遇する。


 「あっ! 須賀(すが)さんだ! 谷野(やの)さんもいる!! 全日本に出ている朝生(あそう)さんも小沼さんもいるし・・・あそこで談笑しているのは、廣田(ひろた)さんご夫妻じゃないか・・・!」


 茂は、ボディビル雑誌で普段から目にしている有名選手を目の前にして、興奮を隠せない、といった様子で、それら選手の表情や動きを、うっとりとして目で追った。


 大会が始まると、館内は、ボディビル大会特有の異様な熱気に包まれる。


 「3番、でかい! でかすぎ!!」


 「12番・・・キレてる!」


 「谷野さーーん! 優勝間違いなし!!」


 「内田さん・・・美人過ぎるよお!! 結婚してくれッ!!」


 茂は、生のビルダーたちの熱い闘いを目(ま)の当たりにして、我を忘れて観戦した。


 やがて彼は、「ミズTOCHIGI」の地方大会の部門の枠(わく)に、見覚えのある女子選手の姿を認めた。


 「あれぇ・・・あの人、どこかで見たことがあるぞ??」


 よくよく見てみれば、茂と同じ職場の三階フロアにいる、別室の業務二課の「磯川ゆかり」ではないか!


 この年の「ミズTOCHIGI」では、磯川氏を含め、女子の出場選手は、たったの2名だった。


 彼女は、女性選手としては、よく筋肉が発達した、プロポーションも申し分の無い、素質のある選手だったが・・・残念ながら、今大会では減量に失敗した模様で、最後の「ひと絞り」に泣き、惜しくも、もう一人の選手に、優勝トロフィーを持っていかれることとなった。


 「焼き込み」も甘かったので、かなり肌が白く映ってしまい・・・それも「減点」の対象になったようだ。


 大会は滞りなく順調に進み・・・やがて、この大会の目玉である「ゲストポーザー」が、満を持(じ)して観客の前に姿を現した。


 新進気鋭(しんしんきえい)のアメリカのボディビルダー、「クリス・カミアー選手」。


 このとき、彼はまだアマチュアであったが・・・前年の「ミスターUSA」で好成績を残し、今後の「プロボディビルダー」の有力候補として、活躍を期待される大型新人だった。


 彼の迫力ある「ゲストポーズ」のあと、各クラスの表彰式が順番に執り行われ、大会は無事閉幕した。


 (・・・よし! 俺もいずれは、この会場に、『コンテストビルダー』として戻ってくるぞ!!)


 そう決意を固めた茂が、まだ興奮冷めやらぬ様子で会場から出ようとした、ちょうどそのとき・・・通路で、見覚えのある数人の女性とバッタリ出くわした。


 「杉山さん・・・どうして、この会場に??」


 まっさきに声をかけてきたのは、茂と同室で勤務する、あの漆原めぐみだった。


 「あら、本当に杉山さんね。 ・・・あっ、そうか。あなたもたしか、ボディビルやってたもんね。」


 大会を終えて、2位のトロフィーと花束を手にした磯川氏も、少々驚いた様子で、そう言う。


 他には、2階の「庶務課」の「宗像(むなかた)さん」、同じく庶務課の「平野さん」も、「なぜあなたが、ここに??」といった不思議そうな表情で、茂を見つめている。


 普段は、桑川の垂れ流した、例の「風俗通い情報」のせいで、めっきり茂を相手にしなくなり、避けていた彼女たちであったのだが・・・自分たちの応援する「磯川氏」が出ている大会でバッタリ会った「親近感」「意外感」からなのか、かつての「嫌悪感」「違和感」という印象を、茂からすっかり取っ払ってしまった・・・そのような明るい感じなのであった。


 「・・・磯川さん。お疲れ様でした。本当に綺麗で、素晴らしい仕上がりでした。僕・・・感動しました!!」


 茂がそう告げると、磯川氏は、にっこり微笑んだあと、少し不安そうに、こう返す。


 「ありがとう、杉山さん。でも・・・このことは、くれぐれも職場の人たちには言わないでくださいね。お願いだから・・・。」


 「はい。もちろん、言いませんよ。信用してください。」


 すると磯川氏の表情が、心なしかゆるみ・・・丁寧におじぎをすると、めぐみたちと会場をあとにした。


 (・・・僕を、桑川といっしょにしないでくれ。口が裂けても、誰にも漏らすもんか・・・!) 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。