第72章:茂の「憶測」
桑川と柳原まゆみの「新しい関係」を目撃してからの茂は、朝の通勤電車の乗車時刻を、大幅に前倒しするようになった。
ときには、一本どころか、二本早い電車に乗ることもしばしば。
彼は、二人のあの「おぞましいキスシーン」を脳裏から消すために、つとめて彼らを視界の外・・・さらには、意識の外に置いておこうと努力した。
桑川とまゆみが、どんないきさつと流れで、あのような関係になったのかは分からない。
しかし茂は、それが、「良くない前兆」の走りだということぐらいは直感的に理解していた。
まゆみは以前、桑川に対して、自らがよい印象を抱いていない旨の発言を茂にしていた。
それなのになぜ・・・。
正直、茂は、あの「あてつけ」とも取れる、二人の、これみよがしの「イチャイチャぶり」なんぞには、まるで関心が無かった。
ましてや、「シット」なんぞの、幼稚でくだらない感情も湧かなかった。
彼は、まゆみを信じていたし、仮にも一度は自分に想いを寄せてくれた女性に対し、あのような行動をとったとしても、「憎しみ」の感情をストレートにぶつけてしまうほど直情的でも、単純な性質でもなかった。
ただ・・・まゆみとキスをしながら自分を見ていた、あの桑川の目・・・あの勝ち誇ったような、いやらしい目つきが、どうしても網膜に焼きついて離れなかったのである。
そこにはまた、ただ単に、自分への「あてつけ」だけではない、もっと、なにか別の感情がうごめいている・・・そう感じられたのだ。
(きっとまゆちゃんは、いっときの『気の迷い』で、桑川とくっついてしまったんだ。ただの『きまぐれ』にきまってるさ。きっとそうさ・・・。)
しかし、そんな茂の「憶測」「むなしい分析」とは裏腹に、彼の知らないところで、事態は次第に深刻の度合いを増してゆくのであった。




