第64章:警戒する三人男
茂が、根岸氏の忠告により、次の「災難」に備えて身構えていた、そのとき。
ドアをノックする音が。
根岸氏が警戒しながら開けると、少し浅黒い肌の、30歳くらいの人の良さそうな先輩が入ってきた。
それを確認した根岸氏は・・・ほっとした表情で、その人物に話しかける。
「・・・やあ、日和田さん。お疲れ様。飲み会の一次会は、まだ続いてるんですか?」
「ああ。まだやってるよ。あんましうるせえから、頭痛くなっちまってな・・・。ありゃー、もはや飲み会なんつーもんじゃねえわな・・・ガキどもの『祭り』、いや、『キXXイ会』だよ。いいかげんにしろっつーの。」
「『キXXイ会』・・・ですか??」
「お・・・君が、例の新人の杉山君だね、オレ、日和田。よろしくな。」
「よろしくお願いします。」
そう言って茂が頭を下げると、日和田氏は、一度、ドアの外の様子を確認すると、根岸氏に言った。
「・・・根岸君よ。これで何人目なんだ・・・? 関谷が新人をつぶすのは?」
「5人目だよ、日和田さん。杉山君で、5人目だったと思う。」
根岸氏がそう言うと、茂が問う。
「根岸さん・・・『つぶす』ってどういうことですか? 何ですか、僕で『5人目』って??」
「ああ、根岸君。オレから説明するわ。」
日和田氏はそう言うと、茂に事細かく、事情を説明していった。
日和田氏は、桑川と同部署・・・すなわち、U支所の先輩で、業務一係のポストにいる人物。
関谷氏よりも、いくつも上の先輩だった。
この関谷という男は・・・一見、普段は「借りてきたネコ」のように低姿勢で、おとなしそうな印象を受けるが、酒が少しでも入ると、気が大きくなり、典型的ともいえる「酒乱」になる、ということだった。
いつも、かしこまった低姿勢ゆえに、鬱屈した不満が、いつもの卑屈な態度の裏返しとして、こうした「酒の席」で、ある意味「解放」され、新人が入るたびに、「いじめ」「パワハラ」という形で爆発する・・・説明を聞いた限りでは、このような内容のようだった。
しかし、茂には、その説明だけでは、なぜかしっくりこない何か・・・もっと根深い因縁というのか、秘められた別の理由、要素があるように感じられた。
「・・・さすが杉山君。鋭いね。じゃあ、日和田さんの代わりに、今度は僕が説明しよう。」
そう言って根岸氏は、この食糧事務所の置かれた、今現在の厳しい「立場」「現状」というものを語り始めた。
それによれば・・・実は、この組織・・・「食糧事務所」という職場は、茂と桑川が採用された、平成5年時点で、すでに「斜陽」であったということ。
労働組合がいくら「農業再建」と叫んで、市民に、県民に、国民に訴えかけても、これといったリアクションが無く、冷ややかな視線で、この血税で成り立っている組織を見ていたということ。
もう、あちこちで「組織解体」「統廃合」のうわさがささやかれ・・・職員は、みな、日々不安を抱えながら業務に当たっていたということ・・・。
こうした背景の下、少し先の時点での状況になるのであるが・・・
茂自身、やがて、選挙の「ビラ」「チラシ」の一般家庭への、むなしい「ポスト投函」、休みを返上しての、選挙候補者の、官用車での選挙事務所への送り迎え、など、普段の業務にまったく関係ない選挙関係の仕事に狩り出され・・・大いに疑問を抱きながら、活動してゆくこととなる。
(どうして、公務員なのに、「組合」があるんだ・・・? 休日に、日当が出るとは言っても、選挙の手伝いをさせられるなんて・・・なんか、納得いかねえし、しっくりこねえな。)
さらに茂が属する、この「農林水産省」傘下の職場というものは、ほぼ例外なく、どこもかしこも年がら年じゅう「飲み会だらけ」で、最低、週一回はどこの部署でも開くのが当たり前・・・そんな、おかしな体質だったのである。
「やたら飲み会がある職場」・・・ひと言で言えば、そんなところであった。
とりわけ、茂の所属する「食糧事務所」は、特に飲み会が多く・・・酒の席での食糧事務所側の参加者の態度も素行も最悪レベルなので、ほかの「統計情報事務所」「日光水研」の若者は、合同の飲み会・・・特に、こうした泊りがけの飲み会を忌み嫌っていたのだ。
街中の居酒屋での飲み会であるなら、何かトラブルやケンカが起きても、当事者がそっと退出すれば、とりあえず「逃げる」ことができるが・・・泊りがけの飲み会となると、そうはいかない。
自宅から近い者であれば、こっそりと抜け出すことも可能だろうが、大谷町のはずれとあっては、車で逃げ出すといっても、酒も入っているし、見張りの厳しい目が光っているので、「強制収容所」よろしく、夜が明けるまで、我慢強く・・・辛抱強く、時間が過ぎるのを待つしかなかったのである。
茂は、さらなる「味方」を得たというわけだが・・・日和田氏の次の言葉に、またまた不安をあおられてしまうのであった・・・。
「いいかい、杉山君。この飲み会はね・・・『歓迎会』なんてものじゃない。新人を最初の段階で屈服させ、恐怖と脅しで縛りつけ、自分たちの『奴隷』に仕立てて、思うがままに私生活までコントロールして、けっして逆らわないロボットにしたうえで、鬱憤を晴らす『なぐさみもの』におとしめていく、まさにそのための、かっこうの『最初の儀式』なんだ・・・。」
しかし、そういった「真実」「舞台裏」を教えてもらった茂は、恐れるどころか、敢然と、その理不尽極まりない、「魔物ども」に、正面から立ち向かう決意を固めたのであった。




