第56章:『キミは薔薇(バラ)よりも美しい』
「・・・ねえ、あやちゃん。小腹すいてないかい・・・?」
茂が、買ってきたサンドイッチを渡す。
彼とあやが大好物の、ジューシーでヘルシーな「トマトサンド」だ。
そして、これも彼が買ってきた「六条麦茶」のペットボトルを、サンドイッチをパクつきながら、仲良く飲む。
「おいしい! ・・・でも、茂さん。どうして、あたしなんかに、こんなに親切にしてくれるの? ただの、風俗店のホステスのつまらないあたしなんかに・・・。」
このとき、あやは、茂を当初の「お客様」という他人行儀の無機質な呼び名ではなく、もっと血の通った、下の名で呼ぶようになっていた。
「あやちゃん。・・・君は、とても美しい。俗に言う、『キミは薔薇よりも美しい』ってヤツだ。でもね・・・そんな、外見だけの話じゃないんだよ。実はね・・・」
茂は、そこまで言いかけて・・・やめた。
この、一見して、美絵子そっくりの彼女に、自身の紆余曲折の悲しい想い出話を延々と聞かせたところで、彼女にとっては直接関係のない、迷惑千万な「与太話」になるだけと分かっていたからだ。
そのため彼は、初めて彼女に逢った時分の、亡き「美絵子」に対する熱い想いをあえて封印し、「あや」は「あや」、「美絵子」は「美絵子」、というように、厳格に区別して考えるようになっていたのである。
それにいくらそっくりだとはいっても、いつまでも、「他人」のあやに、美絵子と同一視して接するということは、そのどちらにとっても失礼な話だし、見苦しく、女々(めめ)しい行為だと気づいたからだ。
こうして茂は、限りなく「美絵子」に近い、美しくも新しいパートナーとともに、欲望と愛憎うずまく店内で、つかの間の「逢瀬」を楽しみつつ・・・時間を逆行する「想い出旅行」に、心中、ひとりさびしく、そしてひそかに出かけるのであった。




