第52章:森川部長、桑川をけん制す
「桑川君・・・うちの大事な杉山君に、何をしてるんだね?」
すると桑川は、急にバツの悪そうな「作り笑顔」を浮かべ、一秒で「ウソ」と分かる、詭弁を吐いた。
「・・・いやあ、森川部長、じつは今度ですね、私と、この杉山君で、関本業務管理官主催の『和同流カラテ』に入門する予定でして・・・。その事前練習として、こうして『組み手』の自己鍛錬を二人でと・・・このようなワケでして・・・」
「私も昔、『和同流』をやっていたよ。だがね、倒れた相手に馬乗りになって、素手でトドメを刺すような、おかしな組み手はなかったと記憶しておるんだがね。」
「ええ。そうでしたね。・・・実は私も、書店で『和同流カラテ』の本を読んで勉強はしたんですが・・・どうも、プロレスやら、ブラジルの柔術と記憶がごっちゃになってしまったようです。」
「ほう、そうだったかね。それはすまなかった。ずいぶん、勉強熱心なんだねぇ、桑川君は。」
「いえ、そうでもありませんよ。部長、私ですね・・・杉山君の仕事の『要領のよさ』にはかないません。もう、速いのなんの。ウスノロの私ににゃー、とてもとても。いやー、杉山君。君の仕事に対する情熱は、あいかわらずすごいもんだね。いつも、尊敬しているんだよ。じゃ、またあとでね。」
そう言って桑川は、卑屈な笑いと、とってつけたようなおじぎをすると、一瞬、茂に鋭い眼光を向け、館内に消えていった。
「・・・杉山君、大丈夫か・・・いや、ちっとも大丈夫ではないな。ほほが腫れてるじゃないか・・・どれ。こりゃあ、ひどい。口も開けてごらん。やはり、切ってしまっているな。さっそく医務室へ行こう。」
「いえ、部長、平気です。それより・・・すみませんでした。お見苦しい場面を見せてしまいまして・・・。」
「彼・・・『歯の浮くようなウソ』と、姑息で露骨な『へつらい』を平気で吐ける人物のようだね。たしか、杉山君。あの男は、君と同じ学校出身だとか?」
「ええ、そうなんです。」
「学生時代から、ああだったのかね・・・?」
「はい、そうなんですよ。あの、ずるがしこくて幼稚でわがままなところは・・・まるで変わってない。いえ、より磨きがかかっているような気がします。」
「気をつけるんだよ。私も、学生時代に、ちょうど彼と同じような、ずるがしこくて、悪知恵ばかり働く最低の悪友がいたものだ。」
「部長にも・・・ですか?」
「私だけじゃないよ。いろんな人に訊いてみたが・・・なぜか、どの年代にも、必ずそういうヤカラが、ひとりはいるもんだ。これは、とても不思議な現象ではあるがね・・・。」
「・・・・・。」
「杉山君。悪いが、今日の『昼食会』は中止だ。そんな、キズだらけの口では、うなぎなど食べられまい。あとで私が、やわらかくて、なるべく傷にしみない食材を買ってくるからね。お母さんのお弁当・・・またも、無駄になってしまったな。」
「部長・・・どうして、私にこんなに親切にしてくださるんですか・・・?」
「どうしてだろうねぇ。んー、それは私にもわからん。でもね、杉山君。君には、どうやら、人をひきつける、なにか特別な『オーラ』があるのかもしれないね。」
「『オーラ』・・・ですか??」
「そうだ。めったにそれを持つ人はいないんだがね。君はひょっとして・・・女の子にも、かなりモテるんじゃないかね?」
「はぁ・・・それはどうでしょうか。」
「ははは。なにも謙遜するこたぁない。君に接して惚れない女性なんて、おそらくいないんじゃないか?? ・・・いや、すまない。でも、私は、本気でそう思っているんだよ・」
「部長・・・。」
こうして茂は、部長の、あたたかくも頼もしい支えによって、この厳しく・・・「魑魅魍魎ども」がウヨウヨとうごめく「魔界」にて、さらなる「混沌」に立ち向かう勇気と安心感を、ひとまずは手に入れたのである。




