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第50章:「闇の世界」への序章か

 この日、茂は初めて「欠勤」した。


 O駅から電話し、自ら「体調不良」を理由にして・・・。


 電話口に出たのは、交換手の「野河(のがわ)さん」だった。


 彼女のやわらかいボイスを聞いた茂は、さきほどの、まゆみからの「口撃(こうげき)」を受けた疲れが、ほんの少し軽くなった気がした。


 (いつだったか、遠山里香ちゃんに何度か詰問(きつもん)されたことがあったけれど・・・まゆちゃんって、彼女以上に気性(きしょう)が激しい子だったんだなぁ・・・。もちろん、おだやかで素直な性格だった美絵子ちゃんや理沙ちゃんとは、まったく違うタイプ。まゆちゃん、悪いけど僕は・・・)


 しかし、別れ際に彼女が残した言葉に、心がざわついたのもまた事実である。


 「茂さん・・・そんなに『いやらしいこと』がしたいんだったら、目の前にあたしがいるじゃない。・・・あたし、まだ処女なのよ。茂さんがしてほしいこと、なんでもしてあげるから命令して。望むなら、いますぐここでだって・・・。」


 彼も「男」である。


 しかも、二晩続けて、「オトコ」になった彼である。


 美絵子そっくりの新しい「恋人」の強烈な愛撫(あいぶ)の感覚に中毒になりつつあった彼も・・・可愛いまゆみの「愛撫」がどのような快感になるのか、「男」として味わってみたくなったというのもまた、動かしがたい事実であった。


 実際、先の言葉を聞いた茂は・・・自分の「分身」が、巨大化するのを抑えるのに苦労していたほどだ。


 これは「目覚めてしまったオトコ」の喜ばしい・・・しかし、悲しく、そしてなにより、恐ろしい「性(サガ)」でもあった。


 けがれなき子供のように純真だった彼が、これまで「美絵子」「理沙」「里香」の三人の天使たちと織りなし、美しく描いてきた「ピュアな世界」は・・・そこから一歩も二歩も進んだ、人の心を翻弄(ほんろう)し、人生をも狂わせる恐ろしい貌(かお)を覗かせる、「闇の世界」という新しくもまがまがしい領域に変貌(へんぼう)を遂(と)げ・・・彼を際限(さいげん)の無い「奈落(ならく)の底」に、容赦なくズルズルと引きずり込んでゆきつつあったのである。

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