第49章:まゆみの怒り
木曜の朝。
茂が電車に乗ってしばらくすると、後ろから彼の右耳を、ギュッと横に引っ張った者がいる。
「いててててっ!!」
すっとんきょうな声で思わず叫ぶ茂。
振り返った視線の先には・・・鬼のような形相の柳原まゆみが。
目にいっぱい涙を浮かべている。
「茂さん・・・どうして、昨日あたしを、ひとりぼっちにしたの? 事前になんにも言ってくれないで。あたしが、どれだけさびしい思いをしたか・・・。」
「うーいてて。まゆちゃん・・・ごめんよ。休んだわけじゃないんだ。ちょっと、事情があってね・・・一本早い電車で事務所行ったんだよ。」
「いったい、何の用だったのよ。ね、答えて。」
「それはそのぉ・・・」
茂は、まさか自分が、前々日の夜に入った風俗店の看板と、自分の席について「サービス」してくれた、亡き美絵子そっくりのホステスの情報確認に行ってました・・・などという真実を説明することなどできなかった。
それに、周りには、大勢の乗客が、二人の会話に、いやらしい好奇心で聞き耳を立てていたり、「おまえら、朝っぱらから、うるせえぞ!」と言わんばかりの表情でにらみつける連中の視線が茂たちに鋭く突き刺さり・・・いたたまれなくなった茂は、やむをえず、U駅から、ひと駅手前のO駅で、まゆみの手を引いて、降りた。
「・・・茂さん。なんでO駅に降りるのよ。あたし・・・遅刻しちゃうじゃない!」
まゆみが興奮冷めやらぬ顔で茂に追い討ちをかける。
「まゆちゃん・・・いったい、どうしちゃったんだよ。僕だって、体調不良で休んだり、早出があったりして、いっしょに乗れないことだって、ありうるでしょ・・・? まゆちゃんに連絡しようにも、お互いの連絡先だって、まだ教え合ってないじゃないか。いったいなぜ、そこまで・・・」
「じゃあ、教えてあげる。・・・あたしね、見ちゃったの。」
「見ちゃったって・・・なにを??」
「実はあたし・・・朝起きたときから、何か胸騒ぎがしてね・・・。早起きして、早めに電車に乗って、茂さんが乗るY駅で降りて、茂さんが改札口から入ってくるのを、ずっと待ってたの。でも茂さん、いつもより一本早い電車に、脇目もふらずに乗っちゃって・・・。思わずあたしも、茂さんのあとを追いかけて乗ってね・・・ちょっと距離を置いて、あとをつけたの。そしたらさぁ・・・『あの店』の前で、おじさんと二人で楽しそうに話し込んじゃって。あの店ってさぁ・・・あたし、何をするところか、ちゃあんと知ってるんだからぁ。」
「まゆちゃん・・・」
「『まゆちゃん』、じゃないわよ。茂さん・・・あたしという『彼女』がいながら、どうして、あんないやらしい店に行ったの・・・? もしかして、入ったの? どうなの??」
茂は思った。
(この子の思い込みは・・・とても危険だ。僕が完全に心を許したわけじゃないのに、いつのまにか、勝手に『彼氏』にされてる。おまけに、ゆうべも『パラダイス・キャンパス』に入ったことまで感づいているようだ。これは、いまのうちになんとかしないと・・・。)




