第48章:ピンクハッピ男の正体
茂が前の晩入店したとき・・・その店の名前の書かれた看板もあったようだが、ピンクハッピ姿の呼び込み男の強引な勧誘もあり、混乱する中、じっくりと確認する余裕も無かった。
そのため、彼は、いつもいっしょに電車で通う柳原まゆみに悪いとは思ったが、彼女に知らせることなく、一本早い電車に乗り・・・それら、不明な点を確認してみようと思い立ったのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
U駅を出た彼は、ゆうべの記憶を頼りに店を探し・・・ようやく、それらしき場所にたどり着いた。
『美人はおりませんが、かわいい子ならたくさんおります』
ゆうべ見た、けばけばしいネオンの看板も、明るい朝に見てみると・・・なんとも、しらけた「昼行灯」といった印象を受ける。
この、ジョークのような文言の夜光看板は、宵闇の中でこそ、その真価を発揮するのだ。
昼間は閉めている店の前では、ここに店舗を構えているという旨の情報を行き交う人々に与えてはいるものの・・・明るい日の光のもとでは、昼間に昇る「お月様」のような、目立たない存在なのだ。
茂が、じっくりと店舗の建屋を見てみると・・・通りの角に張り付くように店舗が置かれ、建屋の左には、ゆうべ彼がハッピ男に促されてのぼった、狭く、急勾配の石階段がひっそりと上に伸びていた。
『パラダイス・キャンパス』
横に伸びる、巨大な看板。
どうやらこれが、この店の名前らしい。
二階の店舗部分の真下は、がらんどうの車庫になっていて、そのコンクリートの床を、ひとりの中年男性が掃き掃除をしているのが見えた。
茂が、男が一心不乱に掃除する様をぼんやり眺めていると、その男と目が合った。
「お・・・ゆうべ、うちに来た『社長』じゃありませんか。ずいぶんとお早いご出勤ですな・・・。」
そんな中年男性は・・・どこかで見たことがあるような顔だった。
「あっ・・・あなたは!」
茂がよくよく見てみれば、彼は、ゆうべ自分を勧誘してきた、呼び込みのピンクハッピの男ではないか!
「社長・・・いまから職場のほうへ・・・? あ、バカな質問でしたな。スーツ姿のあなたが、いまから新装開店で一打ちするわきゃーない。ははは。ところで・・・あたしに何か御用で??」
「あのぅ・・・ゆうべ私の席についてくれた、『あやさん』について、チョット・・・。」
「んんー、あやさん、ですか・・・? 社長もラッキーでしたね! あの時間にフリーであの子が初来店の指名なしのお客につくなんざ、めったにないことなんでござんすよ。」
「そうなんですか・・・?」
「ハイ。実は、あの子はですね・・・うちの一番の稼ぎ頭・・・言ってみれば、『ナンバーワン』の人気嬢なんでございますよ。指名数もナンバーワンなら、ルックスもナンバーワン。押しも押されぬ『スーパースター』ってトコですかね。」
「へぇ~。」
「しつこいようだけど、マジで社長は、ラッキーボーイでしたぜ。いつもの調子だったら、あそこの待合室で、最低2時間は待つのが当たり前なんでござんすからねぇ・・・。」
そう言って、その呼び込み男は、ガレージの奥に見える、古びた引き戸を指さした。
「ところで・・・その『あやさん』なんですが、今日も出勤してきますか・・・?」
「ええ、来ますよ。」
「間違いないんですか・・・?」
「社長! ・・・この店の経営者自らがお宅にそう言ってるんだから、間違いないやね。」
「え・・・? 経営者??」
「申し遅れましたがね・・・あたし、ここの総責任者権支配人の『深沢』といいます。以後、お引き立てのほどを・・・。」
「え・・・? 社長さん自らが、呼び込みなんかやってらっしゃるんですか・・・? なぜ??」
「そぉねえ。んー。お客さんには話してもよさそうだな。あんた・・・とってもきれいな、澄んだ瞳してっからね。あんたなら信用できそうだ。」
そう言って深沢社長は、茂に、その理由を話してくれた。
実は彼は、やり手の経営者で、ここ以外にもカラオケ店やバーをいくつも経営する、いわゆる「辣腕社長」だった。
こうして、店舗の「最前線」にあえて立ち、入る客の「品定め」を自ら行い、ホステスに危害を加えたり、危険物を持ち込みそうな客を、そのするどい視線で未然により分けて排除する・・・そんな目的で、あえて「呼び込み」の姿に「化けていた」のである。
「・・・お客さん、あんた、きっといい人だろうから教えてあげるけどねぇ・・・人間ってのはね、自分よりはるかに劣っていると思う存在の前ではねぇ、その『本音』ってヤツを、エゲツないほど露骨に見せてくるもんなんだ。『ピンクハッピのマヌケづら』なんざぁ、典型的な、かっこうのからかいのエサだからね。そんなわけでね・・・そういう、なんていうのかな、利害関係が薄くて、自分に危害が及ばないようなシーンではね、人間っちゃ、本当に本当の姿ってヤツを見せてくるものなんだよ。・・・これは、あんたも、よーく覚えておいたほうがいいね。」
「社長さん・・・。」
「いいよ、、そんな堅い呼び方しなくても。『深沢さん』でいいから。あんたとは・・・なんだか、ウマが合いそうだね。」
「そんな・・・。あ、ありがとうございます。」
「あやさんは時間どおり出勤するよ。開店は夜6時。料金は、指名込みで、お一人様40分でワンセット6000円だ。これは、いくらあんたでも、ビタ一文まけるわけにはいかないよ。」
「はい! じゃ、夕方、あやさんに会いに来ますっ!」
こうして茂は、新たな「楽しみ」を胸に、意気揚々(いきようよう)と元気よく・・・そしてすがすがしい気持ちでもって、自分の「戦地」へと赴いたのであった。




