第41章:指導係長・・・武村の『なり』や『人格』について
茂はその日から、緊張の日々を経て、だんだんと業務にも慣れ・・・生活リズムができてきた。
しかし、業務内容を覗いてみると、例のうさんくさい上司、武村久夫の遠まわしの嫌がらせもあり、なかなか業務をスムーズに覚えられることができなかった。
武村のやり方は、姑息だった。
茂が分からないことを質問しようとすると、すぐに小便をしに、席を立ってしまう。
おまけに武村はその間、灰皿にタバコを放置して席を離れるので、その煙が空調の流れに乗って、右隣の席の茂を直撃し、タバコをたしなまない彼を苦しめた。
いまでこそ、どこの組織、建屋でも「分煙」「禁煙」が徹底していて、非喫煙者の権利が守られているが、平成5年当時の職場・電車内では、まだまだ喫煙者のほうが立場が強く、タバコを吸わない人たちのノドを襲い、痛め続けていた。
武村は、茂が来る前から、人事担当者の関谷氏から、彼がタバコをたしなまないという情報を得ていた。
公務員試験の最終面接の中で、彼が関谷に告げたためであったが・・・業務を日々こなす中で、武村は、直接、茂本人の口からも、そのことを聞いて知っていたのだ。
席を立つとき以外も、常に武村の灰皿には、タバコの煙がくゆっていて、昼休み以外の最低7時間は、茂のノドにダメージを与え続けていた。
そればかりか、きちんと説明すればすぐに理解できるレベルの内容の業務を、武村は、もったいぶって・・・あるいは「故意に」上司として与えるべき情報を茂に満足に与えず、自分だけが「仕事の要領」「大切な引継ぎ」「知っておくべき法律」などの情報を独占し・・・出し渋りを繰り返し続けた。
当然のごとく、茂には、他の支所の職員からの電話でのクレームが絶えなかった。
そのクレームをどう処理していいか分からない、初心者の茂は・・・なかなか仕事を覚えることも出来ず、「手に余るやっかい者」として、同僚から冷たい視線を浴びるようになる。
そんな彼にも、「味方」はいた。
まず一人目は、この部屋のボス・・・北海道は美瑛出身の、森川明検査部長だった。
職員の細かい業務内容には疎い彼だったが・・・常日頃から、武村による執拗な嫌がらせを受ける茂を見て不憫に思い、たびたび彼をなぐさめ、励ましの言葉をくれた。
そればかりか、みながいる「検査室」に行きたがらない茂を見かねて、食糧事務所近くにある、「うな亭」という名のうなぎ屋に幾度となく誘ってくれ・・・いつも「上うなぎ」の二段重ねをごちそうしてくれたのだった。
茂には、もうひとり、味方がいた。
それが、「蛭田管理官」である。
彼は、茂が体調不良、あるいは、精神的にダメージを受けて、有休を取りたい時、その報告をする際の「中継役」になってくれた。
直接その旨を、直属の上司の武村本人に伝えづらい、茂の心情を察してくれての、さりげなく、優しい配慮であった。
そしてまた、蛭田氏は、出張の際、本来、業務とは関係ない「美術館」などに彼を連れていってくれ・・・武村からの嫌がらせに苦しむ彼に、いっときではあったが、「安らぎのひととき」を与えてくれたのだ。
そうした、「陰の協力者」「真の味方」も、ほんの少数ではあったが、茂には付いていてくれたのだった。




