第35章:関谷氏、登場
彼が、そんな視線の束の数々を、少なからぬ「警戒心」を持って受け止めていると・・・背後から右肩をポンと叩いた者がいる。
「杉山・・・茂さんですよね。おはようございます。ようこそ、わが『食糧事務所』においでくださいました。さ・・・こちらの小会議室にどうぞ。」
そう言ってニコニコしながら彼を案内してくれたのは、人事担当の「関谷」という男だった。
「関谷氏」は、茂より一学年上の、当時24歳。
あとから聞いた情報によれば、すでに子供が二人もいて、奥さんとは、二十歳で結婚した、とのことであった。
(ずいぶん、腰が低い人だな・・・。それに、とっても素敵な、優しい笑顔だ。こりゃー、思ったより、幸先いいかも・・・。)
茂が案内された「小会議室」は・・・彼が想像していたよりも、ずっと狭い部屋だった。
関谷氏に案内されるまま、ノックをして入室すると、すでに彼以外の「先客」がひとりいた。
入室した茂が視線を向けると、その人物はジロリと彼を見返し、また正面に視線を戻した。
その人物は、茂のかつての学友、「桑川公広」だった。
桑川は・・・朝の通勤時に、柳原まゆみに話してきかせたとおり、主に実習中に、悪質ないやがらせを茂に仕掛けてきた、底意地の悪い、非常に幼稚な学生だった。
農家出身の彼は、農業実習においては、非農家の茂とは比べ物にならないほど素早く、かつ効率的に農作業をこなし、いつも慣れない手つきでもたもたしていた茂を、たびたびなじり、作業をせかしてきた。
そのうちに、農作業の合間に、担当教員がいないときを見計らっては、長い棒切れを振り回して茂を威嚇してみたり、水田での草取り作業においては、柳原まゆみに話したように、悪質な「悪ふざけ」でもって、彼に泥を投げつけてきたり・・・しまいには、そんなことをされる正統な理由もないのに、茂の脚を、長靴でもって、思い切り蹴ってきたのだ。
さすがの茂もこれには怒り・・・あわや殴りあいの大喧嘩になる場面もしばしばあった。
そのとき周りの学生が止めなければ、おそらく、どちらかが大ケガをしていたにちがいない。
二十歳を越えた健常な男二人が、素手で本気で殴り合えば・・・どんな結果を引き起こすかは、火を見るより明らかだったからだ。
しかし、桑川と同じチームを組まされていた茂は、それからも、たびたび彼からの心ない嫌がらせや、挑発にさらされてきたが、「放校」「退学」の処分を気にして・・・また、「北海道農業実習」などの苦しい試練を乗り越えてきた自分のこれまでの努力を無駄にしたくなかったこともあり・・・そんな悲痛で切実な思いで、ひたすら、理不尽な「いじめ」に耐えていたのである。
茂はまた、この憎き「元学友」が、のちにとんでもない「災い」を自分に対して引き起こすという運命を、この時点では、まだ予測できていなかった。
「超能力者」でもない彼が、そのような「未来の災難」を予知できなかったというのも、無理からぬことではあったのだが・・・。




