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第31章:茂・・・初出勤す

 1993年4月上旬。


 茂は、新しい社会人・・・いわゆる「フレッシュマン」として、U市にある職場に初出勤するべく、JRの電車内の揺れに、身を任(まか)せていた。


 ・・・季節は、すっかり春の装(よそお)い。


 彼は、新しくあつらえたスーツを身にまとい、つり革につかまったまま、しばし、居眠(いねむ)りをした。


 車内にただよう、彼の嫌いなポマードのニオイやら、クローゼットからおろしたてと思われる防虫剤の嫌なニオイが、ただでさえ朝の通勤者でごったがえす車内の空気を、いっそう汚し、緊張と不安の真っ只中(ただなか)の彼を苦しめる。


 せめて車外ののどかな風景を・・・と窓の方に目を向けてみても、新聞を無遠慮(ぶえんりょ)に広げ、人の迷惑も考えない中年のオヤジ連中の仏頂面(ぶっちょうづら)や、狭い空間で、ハンバーガーを平気でもぐもぐ食する高校生たち・・・さらに、「ねぇ、あたしのメイク、どうかしら?」といった表情で、化粧用のコンパクトを開き始めるOL・・・これらの不愉快な「邪魔者」にはばまれ、風景すらおがめなくなった気の毒な彼は、残された手段として、「立ったまま眠ってやり過ごす」しかなかったのである。


 すると、そんな彼の背中を叩く者がいる。


 眠そうな彼の視線の先には・・・かつて彼に告白し、そしてやんわりと断られた、「柳原(やなぎはら)まゆみ」の姿があった。

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