第26章:再会後の寮生活の変化について(3)
美絵子ちゃんと、この年のお盆に再会したぼくは、令和の今になってから、こうしていま、深夜になり、家の周囲が寝静まる頃に、冷静にじっくりと分析してみると・・・
その8月13日に、ぼくが失意の思いで帰宅した時点・・・いや、美絵子ちゃんたちがセツさん宅からK市の自宅へ向けて、車で去った時点で、すでにもう、『勝負あった!!』ということには、心の奥底では気づいていたのだろうと思う。
ただ、ぼくはこのとき、まだ18歳の若造だった。
自分の「敗北」というものを素直に受け入れられない、人間的にもまだまだ練れていない、未熟で幼稚な『やんちゃ坊主』だった。
ただ、同時にふと思うことがある。
美絵子ちゃんの、あのときのそっけない態度・・・冷たいと思える態度は・・・
実は、ぼくへの『愛情への裏返し』ともいえるべきものではなかったのか・・・と。
誤解しないでいただきたいのは、あの日の美絵子ちゃんが、いまだにぼくに想いを寄せていた・・・ということじゃない。
あのとき彼女は、ぼくへの愛なんて、とうの昔に冷めていた。
・・・そんなことは、ぼくにだってわかっていたさ。
ひと言もしゃべらなかったし、おびえていたもんな・・・。
『愛情への裏返し』と言ったのは、あの日の彼女じゃなくって、『魔物事件』当時の彼女のことなんだ。
あのころの美絵子ちゃんが、どれほどぼくを大切に想い、そして愛してくれていたのか・・・
皮肉にも、あの『1989年8月13日事件』での美絵子ちゃんの態度・振る舞いによって、ぼくは、その『ぼくへの愛情の度合い』というものを、いわば「変換した形で」客観的に知ることが出来たんだ。
『可愛さ余って憎さ百倍』という格言がある。
「可愛さ余って憎さ百倍」とは、相手を可愛いと思えば思うほど、相手への憎しみが膨らみ強まっていくことを例えた言葉。相手に対し、今までは可愛いと思う感情が強かったのに、一度憎しみの念が心に宿ってしまうと、ことさらその憎しみの度合いが強まることを表す言葉。
ぼくがあの日、今度は逆に彼女から、いわば「意趣返し」「仕返し」というべき返礼を受けた格好になった、あのときの彼女の態度・振る舞い・・・そして気持ちというものは・・・
裏を返せば、それくらい、美絵子ちゃんが昔のぼくを心底、真剣に愛してくれていたということをストレートに証明するものだ・・・皮肉にも、この事件で改めて、それがぼくにはわかったんだ・・・もう、痛いくらい、はっきりとね。
だから、より切なかったよ・・・。
(・・・しげおくん、これでよくわかったでしょう? あたしがあのとき、どんなにつらい思いをしていたのかが。あたし・・・あのとき、いきなり目の前が真っ暗になって・・・まるで、いきなり部屋の電気を消されて、真っ暗闇の世界に、ひとり放り込まれ、取り残されたかのような気持ちになったのよ・・・これで、わかってくれたでしょう・・・?)
思い返してみれば、1986年にセツさんから、美絵子ちゃんが電話で「ぼくなんか、ぜんぜん知らない」と言ったということを知らされた時点で、ぼくはすでに「美絵子ちゃんとは、もう脈は無いな・・・。」ということを悟っていたのだ。
でも、その後、いろいろな魅力的で可愛い女の子と知り合い、一時は本気で好きになりかけた子もいたけれど・・・
結局ぼくは、心の奥ではいつも美絵子ちゃんのことが忘れられなくって、気にかかっていて・・・どうしても想い出を消すことが出来なくって・・・
それで、ああして、ある種、「悪あがき」して、ジタバタと暴れ、ただもがき苦しんでいたのかもしれない。
『おじょうぎわ悪く、恥ずかしくって、ただ見苦しい悪あがきをしている・・・。』
自分でも、充分わかっていたのだろう。
でも、ぼくはそうするしかなかった。
ぼくには、『美絵子ちゃん』しかいなかったんだよ・・・。




