最終章
・・・風俗店『ドルフィン』で、楽しく談笑する、茂と葉子。
いま、ふたりは、入店前に葉子が近くの飲食店に注文して取り寄せておいてくれたカレーライスの大皿を、ふたりで仲良く、スプーンでつついている。
葉子は、店内で、『パラダイス キャンパス1号店』時代にもそうしてくれたように、こうして今また、カレーライスや牛丼、アイスクリームやシュークリームなど、茂の大好物を、毎回取り寄せてくれ・・・彼が入店する際の『入店料』まで、彼が派遣会社に勤めだして給料が出るようになるまで、遠山里香と平行して、それは手厚くサポートしてくれた。
いちばん茂が感激したのは・・・葉子が持ってきてくれた、手作りの『チーズケーキ』だった。
けっして手料理が得意でない彼女が、出来上がりの見た目など気にせず、茂の誕生日に、大きな『タッパー』に詰めて、持ってきてくれたのだった。
・・・そのチーズケーキは、ゴテゴテに形が崩れてしまって、おせじにも「おいしそう」には見えないシロモノだった。
しかし茂は、そんな『外見』など、どうでもよかった。
とにかく彼女の・・・葉子の優しさと、彼を想う、純粋な気持ちというものが、うれしくてうれしくてたまらなかったのだ。
きっと慣れない手つきで、悪戦苦闘しながら、長い時間をかけて作ってくれたであろう、彼女のそんないじらしく、またひたむきな姿を、ケーキを食べながら想像する茂・・・。
ガツガツとほおばりながら、彼の目には、いつしか、大粒の涙が。
(おいしい・・・本当に、おいしいよ、葉子ちゃん。あぁ・・・こうして君のそばにいると、不思議と疲れきった心までやすらいで、あの美絵子ちゃんのなつかしく、そして愛しい姿さえ、目の前にありありとよみがえってくるようだよ・・・。葉子ちゃん、やっぱり君は、美絵子ちゃんの・・・)
それからの茂は、葉子にあまり『サービス』はさせずに、その時間、代わりに彼女の全身を、時間いっぱいマッサージしてあげることに。
シートに横になり、茂の『愛撫』に、うっとりとして身をまかす葉子。
そんなリラックスした彼女の様子を見ながら、足を優しくもみほぐし、自分も幸せな気持ちになる彼。
・・・私生活では、ただの一秒も想い出を共有したことのない二人だったが・・・ここには・・・この場所には、まぎれもない『恋人のふたり』がいる・・・。
ふたりはこうして、一ヶ月か二ヶ月に一度のペースでもって、店内で会い・・・貴重な時間を共有していった。
やがて茂と葉子は・・・新しいメールアドレスを交換したのちに、葉子の『退店の日』に別れ・・・お互いの、それぞれの人生に向かって、歩きだした。
そしてある日、彼女から、一通のメールが来た。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「・・・しげちゃん、30年近くも、私を支えてくれて、本当にありがとう・・・。とっても楽しかった。実は私・・・しげちゃんに報告しなくてはならないことがあるの。
私・・・バーで知り合った、アイスランド人のある男性と、このたび結婚することになりました。明日、首都のレイキャビークに二人で発つわ。今後は彼と、NPO法人で、活動することになります。向こうの環境保護団体なの。それと、もうひとつだけ、重要なお知らせがあるわ。
私ね・・・実は、『中岡葉子』じゃないの。私の本当の名前はね・・・美代子。『峯岸美代子』っていうのよ。誕生日もね、3月31日じゃなくて・・・実は、9月8日なの。私にはね、双子の姉がいてね・・・名前が、『美絵子』っていうのよ。ひょっとしたら、しげちゃんは、彼女のことを知ってるのかもね。だって・・・あなた、初めて私のサービスを受けたときに、彼女の名前を、ぼそっとつぶやいてたじゃない・・・?
しげちゃん、きっと、美絵子ちゃんの恋人だったのよね。私ね・・・生まれるとすぐにね、事情があって『中岡家』に養子に出されたから、姉の美絵子ちゃんには、一度も会ったことがなかったのよ。
それにしても、しげちゃんって・・・とってもいい匂いが、いつもしてたわよね。『新緑』だったり、『サクランボ』だったり。私ね、親戚の人から、姉の美絵子ちゃんが、『彼女ってね、サクランボみたいな、いい匂いするんだよ。』って、たびたび聞かされていたの。
私・・・そんな彼女がとってもうらやましかった。同じ双子なのに、私には、そんな『いい匂い』なんてなかったもの・・・。
ねぇ、しげちゃん。やっぱりしげちゃんって、美絵子ちゃんの恋人なんでしょ・・・?
私があなたからの『デートの誘い』に一度も応じなかったのはね、あなたと美絵子ちゃん・・・私の実の姉との関係が、はっきりとしなかったからなの。
でも・・・最近のあなたは・・・とってもいい匂い・・・姉の美絵子ちゃんの匂いがしてたわ。会ったことも、嗅いだこともないのに、とっても『なつかしい匂い』だったの。
初めて、血を分けた実の姉に会えたような気がして、とってもうれしかった・・・。
しげちゃん、姉の美絵子を、今後ともよろしくね。しげちゃん、まだ独身だったわよね。
ぐずぐずしてると、美絵子ちゃん、別の男性と結婚しちゃうゾ、私みたいに(笑)。
じゃあね、しげちゃん。向こうに着いたら、またメールするからね。バイバイ。
あなたを今でも愛する、中岡葉子こと、峯岸美代子より」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この長いメールを読みきった茂の目には・・・涙があふれていた。
(そうだったのか、葉子ちゃん・・・いや、美代子ちゃん。やはり君は、美絵子ちゃんの双子の妹さんだったんだね・・・。でも、ぼくは悲しい。だって・・・だってさ、君は、姉の美絵子ちゃんがもう亡くなっていることを知らなかったんだもんね。この物語を君は、いまごろ読んでいるだろうな・・・そして、気づくはずだ。美絵子ちゃんは、もうどこにも・・・どこをどう探してみても、いないんだって・・・。)
しかし彼はまた・・・もっと大切なことにも気づく。
(いや・・・美絵子ちゃんは、死んでない。僕と・・・妹の美代子ちゃんの胸の中に、体の中に、ちゃんと生きてくれているじゃないか! いつだって・・・そう。いつだって、僕たちのことを、あの天使のような笑顔で優しく、そしてあたたかく、しっかりと見守ってくれているじゃないか・・・。彼女の想い出とともに・・・。)
茂は、ベランダに出てみた。
・・・一月の屋外は、凍るように寒い。
だが・・・南の空には、大きな『オリオン座』を中心に、無数の星ぼしが、彼を包むように・・・それは優しく包みこむように、またたき、光り輝く。
(そう・・・そうなんだ。僕は、けっしてひとりじゃないんだ。僕の胸の中には、美絵子ちゃん、理沙ちゃん、里香ちゃん、美代子ちゃん・・・そしてなにより、こうしてこの『たからものⅡ』を、ご愛読してくださっている、たくさんの読者の皆様もいるんだ。僕は・・・僕はね・・・それで、それだけで満足なんだよ。
だってね、それが・・・それこそが、僕にとっては、まぎれもなく、大切な大切な『たからもの』なんだから・・・。)
茂は、幸福である。
いま、限りない幸福感に包まれている。
誰が何と言おうと・・・。
~ 完 ~
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・次章からは、北海道でぼくと別れた、『田中理沙ちゃん』の、その後のエピソートを追加します。
楽しみに待っていてくださいネ❤️




