第233章:未来永劫・・・永久にさようなら、『S看護専門学校』よ
・・・数日のち、茂は母とともに、在籍する看護学校を訪れた。
『自主退学』の話を進めるためである。
茂は、母と幾度も話し合いを重ね・・・この仕事・・・人の生死に関わる重大な仕事から『離脱』する道を選ぶこととした。
実は、読者の皆様もお気づきのように、茂本人も、はじめからこの仕事は自分には難しく、努力しても、患者様のためにいちばん適した『ケア』・・・すなわち最低限のレベル以上の『看護技術』というものを提供してさしあげるのは、無理に等しい、ということを、うすうす感じてはいた。
座学の段階では・・・知識習得という段階では、全く問題ないレベルではあったのだが、病院の看護というものは、座学で得られた知識を、実際の看護技術をもって実践していく場である。
その肝心の技術がおそまつでは、実際に使える人材ではないし、やる気ばかりが空回りしていても、患者様や病院側にいらぬ苦労や気遣いをさせてしまうし、なによりも、そのような心理状態で、茂が病院勤務を続けられるわけがない。
実際、看護の世界では、自分に向かないことを悟り、悩み、苦しみながら、病院を去る者があとを絶たないと聞く。
それだけ難しいし、努力してみても、どうしても向かない者だって、やはり、一定数は存在するのだ。
千葉先生と面談した茂親子は、冒頭、まず、病院実習を逃げ出して、無断でさぼって迷惑と心配をかけた、担当の患者様の『Aさん』と学校側への謝罪をし、茂が悩んだあげく、山梨の樹海で死のうとしたことまで、事細かく話して聞かせた。
教務主任の千葉先生は、茂の、学校でのさまざまな看護技術の実習授業での様子を見てきて、「この人は、気の毒だが、この業界には向いていない」と常づね感じていたらしい。
涙ながらに話す茂に、過去の授業での真剣な学習態度に言及し、ねぎらうように、最後にこういった。
「・・・お疲れ様。わずか二年弱のつき合いだったけれど、楽しかったわ。正直、ここまで優秀な人が入学するなんて、思ってもみなかった。それは、石橋病院の現院長も、名誉院長の斎藤先生も認めているわ。授業も実習も、まじめにがんばってやってたって。
今後は、あなたのその頭脳を生かせるような仕事に就いたほうがいいと、私は思いますよ。」
茂たちが応接室から退出すると、通路で学生たちがかたまって、こちらを見ながら、なにかひそひそと話していた。
ほとんどの学生は、この日、母とともに来た茂が『退学』するのだということを悟り、心配そうに遠巻きに見つめていたが・・・
中には、彼が去るのを喜んでいるような表情をしている者も。
先に紹介した『斎藤』『坂主』のふたりの男子学生である。
前にも書いたが、彼らは、最初の段階から、茂が社会復帰の第一歩として、この学校に入ってきたのを快く思ってはおらず、たびたび、チクチクと、茂が嫌がる言葉や態度を遠まわしではあったが、場面場面で冷たく放ってきていた。
あとからわかったことだが・・・実は彼らは、茂が過去に起こした、例の『ご開チン事件』の被害者の女子高生の先輩の二人の女子学生と、この学校で知り合った後に交際していて、彼女たちから、事件の詳しい裏話などまで入手していたらしい。
(・・・事実、後年、彼らダブルカップルは、その後、めでたく『ゴールイン』した。今現在、もう、両者ともに、子供もいるらしい。)
また、坂主は・・・実は、茂とは多少の因縁があった。
彼の姉が、茂の中学時代・高校時代のクラスメートだった、坂主尚子氏(= 旧姓)だったのだ。
当然彼は、姉から、茂の当時の優秀な成績のことなども、家庭で聞かされていたにちがいない。
そんな男が、社会に出てしばらくしてから、自分たち若者に混じって、釈放から一カ月余りで自分たちと同じ教室で肩を並べて学習する・・・そこには、残念ながら、複雑極まりない思いと、なんともいえない、気持ちの悪い嫌悪感があったとしても、なんら不思議ではない。
坂主本人は、もちろん、茂に、事件のことを直接非難するような言葉を、面と向かってぶつけるようなことはなかったが・・・茂は、彼の表情や動き、あるいは言葉使いや、その口調・トーンに、軽蔑感・嫌悪感を敏感に肌で感じ取っていた。
(・・・なにか俺に言いたいことがあるんなら、直接ぶつけてくれればいいのに。そういう、変な『ほのめかし』のほうが、かえって傷つくんだよなぁ、坂主くんに斎藤くんよ・・・。)
ここで読者の皆様に、坂主くんが茂に対して言ったとされる言葉のうち、最も心を傷つけらてしまったものを紹介しておこう。
当時の茂の親友だった『熊田くん』が、茂が学校を去って、しばらくたったある日に、ロッカールームでナース服のユニフォームに着替えていたときのことである。
「・・・おい、熊田。気をつけないと、お前も『こいつ』みたいになっちまうぞ。」
そういって坂主くんは、茂が使用していたロッカーを・・・『杉山茂』のネームプレートが外され、誰も使っていないロッカーを指さし、半笑いしながら、そういったそうだ。
(坂主くん。君は頭もいいし、みなに人望もあったよな。君なら、今後、看護師国家試験にも難なく受かって、病院でも活躍して、リーダーとして・・・頼もしい存在として、みんなを引っ張っていくに違いないだろう。
俺は、実習もそつなく、難なくこなす君がうらやましかった。要領もいいし、俺に負けないくらい、頭もキレるよ。
もう少し、君とは真剣に話がしたかった。いつも君は、俺を避けていたから、なかなか腹を割って話す機会がなかったよな。
俺はたしかに、『ハレンチ罪』でパクられて、新聞にも名前が載せられた、世にも恥ずかしい『前科者』『性犯罪者』だよ。
でもね、そんな俺でも、なにか社会の役には立ちたかったんだよ。わかってくれとは言わないが・・・君の俺に対する態度も、いたしかたない部分もあるとは思うけれども・・・もう少し、君とは話がしたかったなぁ・・・。
俺にはないものを、君はたくさん持っていたからね。いや、もういいさ。グチや恨み節はやめにしておこう。終わったことだしな。
これからは、患者様にあたたかく、思いやりのある、心から頼られる看護師になって、患者様やご家族を支え、力になってあげておくれよ。
それが、君への俺からのささやかな『エール』さ。かげながら、応援しているよ。がんばれ、坂主くん、斎藤くん・・・そして、みんな!!)




