第198章:『S看護専門学校』(6)
このバス旅行は・・・特に「観光地」を廻るというわけでもなく、あるグランドホテルに茂たち一行を直行で運び、そこのホテルの大食堂にて、『バイキング形式』で洋食・和食を思い思いにつつきながら談笑し、おたがいの距離を縮めようという、いわば泊りがけの『懇親会』という位置づけであった。
この旅行には、茂たち看護学生はもちろんのこと、引率者として、あらたに茂たち新一年生の担任となった『加藤先生』、その同僚で、加藤先生の友人でもあった『砂川先生』・・・そして、茂の面接試験を担当し、バリバリの現役看護師から、この年度に新たにこの看護学校に「かけだしの新人教師」として異動してきた、あの『益子先生』・・・こういった面々が参加していた。
学生は、食事が済むとそれぞれの部屋に戻り、新しい友人と雑談したり、将棋を指したり・・・みんなで大浴場に行ってゆったり湯に漬かったり、修学旅行生よろしく、夜には『枕投げ』の幼稚なたわむれに興じてみたり・・・と思い思いの時間を過ごしていた。
茂は『熊田君』(= 基本、いい思い出のある友人は、呼び捨てではなく、このように「くん付け」で表現します。女性はすべて良くても悪くても「さん付け」。)と将棋を指し、勝ったり負けたりを繰り返しながら、この長い夜を過ごしていた。
茂には、この旅行で唯一、忘れられない出来事がある。
さきの「公然わいせつ事件」の被害者の女子高生の上級生・・・すなわち、『鈴木さん』『市田さん』『高野さん』の3名のうち、先の二者と、彼女たちから話を聞いた『菊池さん』はじめ数名が、茂に冷たい視線を送ってきていたが・・・『高野さん』ほか、大多数の女子は、入学から自己退学の日まで、茂にそのような視線は送ってこなかった。
そういった意味では、「なんだ、サファイアの涙くん・・・別に、『社会的弱者』でも、『ハンディキャップ』でもないじゃんかよぉ。」と読者の皆様は思うだろうが・・・やはりそこにも茂は、彼らの自分に対する一種の『ひるみ』『身構え』というものを感じる瞬間があったのだ。それは、「人の目」「視線」というものに極度に敏感になってしまっていた、当時の彼にしてみれば、当然・・・というより、仕方のない『反応』だったのだろうが・・・。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・話を戻そう。
風呂からあがった茂が、熊田君と指していた将棋を中断し、ほてった体でもさまそうと部屋を抜け出て、露天風呂そばのジュースの自販機で、コーラを飲んでいたときのこと。
先に述べた『益子先生』がふらりとやってきて、茂にこんなことを言ったのだ。
「ねぇ、杉山君。あなた・・・私が『面接官』だったの、おぼえてるでしょ・・・?」
「え・・・? ええ。」
「でね・・・あなたの今回の『入学』に関してなんだけどね・・・。実は、ずいぶん『もめた』の。」
「え・・・『もめた』って、どういう意味です・・・?」
「つまりね・・・あなた、ご自分でも分かってらっしゃると思うし、私もあまり言いたくはないんだけど・・・例の『事件』のことね・・・この旅行に参加している学生にはもちろん、その親御さん全員にも伝わってしまっていて・・・」
「そうなんですか・・・?」
「ええ。それでね・・・あたしたち教師陣の間でも、あなたの入学について、意見が真っ二つに割れちゃってね・・・入学を許可すべきか・・・それとも、『はずす』か、って・・・。」
「・・・・・・。」
「でもね・・・結局、『入学させてみよう』という意見が多数を占めてね・・・それで、あなたは入学を許可された・・・こういう流れだったわけ。それに・・・。」
「それに・・・?」
「あなたの『筆記試験』の成績・・・ズバ抜けて優秀なものだったのよ。それで、『この人材は・・・』となってね・・・それも大きな後押しになったってわけなの。まぁ・・・『人生やり直し』・・・そう思ってがんばることね。じゃあ。」
(そうだったのか・・・。やはり、先生方も、俺の『前科』について知っていたのか・・・。なんか、今後、いろいろな場面ですごくやりにくくなりそうだなぁ。益子先生・・・俺、そんな情報は、正直、あなたの口から直接聞きたくなかったし、知りたくもなかったです・・・。雰囲気や言葉の印象から察する限り・・・先生ご自身は、おそらく、『反対票』だったんでしょうね・・・。)




