第197章:『S看護専門学校』(5)
茂と里香のデートの日から、少し話はさかのぼって・・・2006年4月中旬のある日。
茂が在籍する看護学校では、早くも那須方面へのバス旅行が行なわれていた。
サクラふぶき舞う中・・・バスは、一路北へ・・・。
茂は、このときまでに新たに出来ていた友人、「熊田君」とともに、バス中で隣り合い、たわいもない雑談をしていた。
前にも書いたが、茂は、この看護学校に入るしばらく前に、『公然わいせつ罪』という軽犯罪で逮捕され、地方新聞に名前も載った。
これはあとから分かったことなのだが・・・茂が釈放されてからのあるとき、近所に住む老人、「加藤氏」から、茂が起こした事件についての、ある『うわさ』を彼は聞かされていたのだ。
それによると・・・彼の住む矢板市のいたるところで・・・北から南まで茂のことは『悪いうわさ』になってしまっていて、かつての知人・同級生や上級生・下級生・恩師はもちろんのこと、茂の昔の母校、『川崎小学校』全体でも・・・市内の小中高全域・・・つまりは、『矢板小学校』『矢板東小学校』『矢板西小学校』『安沢小学校』『乙畑小学校』『泉小学校』『片岡小学校』・・・こういった数々の小学校・中学校・高校においても、茂は、『変質者』の烙印を押され・・・警戒されていた。
もちろん、犯行現場となった、女子高周辺地域、そして、被害者の女子高生が在籍していた女子高でも・・・。
なにせ、北関東の田舎・・・しかも、都会のように「離合集散」が激しいわけでも、新規転出転入者が極端に多いわけでもない、人の移動が少ない典型的な地方都市でのこと。
一度広まった『うわさ話』がそう短期間で鎮火するはずもなく・・・なかなかの長期間を持って、茂の知らない街角で、職場で、学校で、彼の悪い『うわさ』が、「おひれ」まで付いて、あちこちでバラまかれ、人々の共通の話題になり、流され続けていたのだ・・・。
茂自身は、この罪に関して言えば、まったく「弁解の余地」はなく、ただただ、反省と自戒・・・そして、自分が嫌な思い、怖い思いをさせてしまった被害者の女子高生の皆さんへの謝罪の気持ちしかない。
「自分がやったことには、間違いない。」
・・・別に、開き直る気もないが、令和になった今現在でも、茂はそう思って、日々、過ごしている。
では、なぜこのような『恥ずかしい告白』『いらざる独白』というものを、あえて、この物語でさらし、わざわざ数多くの読者の皆様にまで、インターネットを通じて公開して来たのか・・・
その理由は、今後展開するエピソードをお読みいただければ分かってくださると思うのであるが・・・茂は、結論から言ってしまえば、『前科者』という、言ってみれば、ある意味、生まれて初めて、そうした「社会的弱者」「ハンディキャップを背負った人間」という立場になったことで、また新たに、世の中に対する『眼』『見方』というものがガラリと変わってしまったのだった。
もっと突っ込んで、有体な表現をさせていただけるのならば・・・『敵か味方か、はっきりと区別して、手に取るように分かるようになったのだ』・・・と。
読者の皆様は、おぼえておいでだろうか。
この物語の『第48章』で、『パラダイス キャンパス』の店長兼総支配人の深沢社長が、当時の茂に忠告してくれた文言を・・・。
実は、このときの深沢氏の言った次の内容が、あとになって、嫌というほど、茂の胸に突き刺さり、身にしみて感じられるようになるのである・・・。
「・・・お客さん、あんた、きっといい人だろうから教えてあげるけどねぇ・・・人間ってのはね、自分よりはるかに劣っていると思う存在の前ではねぇ、その『本音』ってヤツを、エゲツないほど露骨に見せてくるもんなんだ。『ピンクハッピのマヌケづら』なんざぁ、典型的な、かっこうのからかいのエサだからね。そんなわけでね・・・そういう、なんていうのかな、利害関係が薄くて、自分に危害が及ばないようなシーンではね、人間っちゃ、本当に本当の姿ってヤツを見せてくるものなんだよ。・・・これは、あんたも、よーく覚えておいたほうがいいね。」
この物語で、『ナレーター』の私と茂が皆様にお届けしたかった概念のひとつ・・・それが、このあと展開してゆく、『人間の心の闇の部分』・・・まさに、このことなのである。
そしてまた・・・『世の中、嫌な人間ばかりではない』『思ったよりも味方がいる』『世の中、まだまだ捨てたもんじゃないんだなぁ』という、「気づき」である。




