第170章:獄中の茂(5)
茂が房内に拘留されて二日目の夜。
彼の収容されている房に、ひとりの老人が入ってきた。
仮に、「Aさん」としておこう。
「Aさん」は、ある傷害事件で逮捕され、今回この警察署に留置されることになったのだった。
なんでも、バーで友人と飲んでいたときに、ちょっとしたことで口論となり・・・かっとなった「Aさん」が、その友人の顔面を、思いきり殴りつけてしまった、という流れだったらしい。
「・・・ったく、ちきしょうめ。たった『一発』・・・一発やっちまったっていうだけで、このあと『20日間勾留』だってよ・・・たまんねぇよなぁ・・・。」
「どうして、20日間も入ってなきゃいけないんですか・・・? 規定では、10日間じゃなかったんじゃあ・・・。」
「たしかにな。でもな、杉山君。俺はよ、今回だけじゃなくて、昔っから、『傷害』やら『覚せい剤』やらで何回もムショ行ってっから・・・。当然、そういう『前』のあるヤツの取調べっつーのは、余罪もトコトン調べっから、勾留期間も長くなるんさ。俺はもう、親にも兄弟にもとっくに見離されてよ・・・事実上の『天涯孤独』になってるってわけさ・・・。」
「そうだったんですか・・・。でも、Aさん。お互い、まだまだ人生続くじゃないですか・・・? たとえこのあと、僕たちが刑務所に送られても、まじめに『お勤め』すれば、いつかは出てこられるんですし・・・。」
「ああ。杉山君の言うとおりだよな。俺たち、別に、誰かをあやめちまったり、女を強姦して取り返しのつかねぇ思いを相手にさせちまったわけじゃねえんだからな・・・。」
「ええ・・・。もちろん、僕だって、まだ罪を償っていないわけですから、いま、この段階で『社会復帰』のことなんか考える資格もないんですけど・・・。」
こうしてふたりは、自身の罪や、今後のお互いの身の上を案じた話などをし・・・茂はまた、そんな「Aさん」から、房内でのさまざまな『常識』というものも教えてもらった。
まず、起床したら、キビキビと動くこと。
布団をすばやく片付け、トイレ掃除を言われなくても積極的に行なうこと。
食事の際は、「いただきます!」と元気よく挨拶し、食事が済んだら、「いただきました!」と、これまた元気よく、感謝の言葉を述べること。
取調べがない日でも、ゴロゴロと房内で寝ているのは、心証を悪くするので、なるべく起きているようにすること。
朝晩の『歯磨き』のときには、水道の水を出しっぱなしにせず、そのつど止めるようにすること・・・など。
そのほかにも、『風呂』は4日に一回であること、運動場の仲間とは、仲良くうまくやれ、そういう連中に自分のやった犯罪の内容を漏らすな、釈放されても連絡はいっさい取るな、付き合うな・・・こういった、すぐに役に立つ実践的な知識を、こと細かく親切に茂に『伝授』してくれたのだ。
さらに彼は、こんなことも言ってくれた。
「・・・杉山君の場合、初犯だし、『軽犯罪』だから、刑務所には行かず、『略式起訴』の罰金刑で済むと思うよ。でもなぁ、ご時勢がご時勢で、性犯罪には、みんな厳しい目で見てるのも、また事実だから、完全に『行かなくて済む』って保証はしてあげられんけどな。俺の場合は、短期間だけど、間違いなく『実刑』だろうなぁ・・・。前もかなりあるからよ。」




