第155章:徳力精工株式会社(2)
この『徳力精工』は、携帯電話のための「電話交換機」を作る会社だ。
ちょうど、「ロッカー」のようなアルミ製の縦長の箱に、いろいろな電子機器を詰め込み、最後は、茂たち派遣社員が目視検査をし、隙間にネジが落ちていないか調べたり、社員が作った電子機器の部品ネジの「ゆるみ」や「ネジかじり」がないかチェックするのが主な仕事だった。
ただ・・・いまから考えると笑ってしまうし、読者の皆様が実際に現場を見たらビックリされると思うが・・・その当時ここで使用していたコンピューターというのが、大昔のSFに登場しそうな、「レシート」みたいな長くて白い紙が、カタカタと音を立てて出てくるような、見た目にも超レトロなものだったのだ・・・!
おまけに、大きな「豆電球」のようなものが、機械のあちらこちらで、これまた大昔のコンピューターよろしく、チカチカと光っているではないか!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
田辺さんは、非常に気の強い女性だったが・・・茂と話すときには、とてもおだやかに、優しく丁寧な口調で仕事の説明をしてくれた。
彼女は当時、同じ『徳力』内で知り合った男性社員と、このときすでに付き合っておられた。
ただ、そんな彼女が、今現在の彼氏よりも、自分にだんだんと興味を引かれ・・・ついには好きになっていく様子が、鈍い茂自身にもはっきりと感じられるようになる。
同時に彼はまた、先に紹介した『杉本やよいちゃん』とも、少しずつではあったが、お互いの距離をちぢめつつあった。
最初、茂がここに入った当初は、まったく茂のことなど興味も関心も無い様子だった『やよいちゃん』であったが・・・彼が、その当時飼っていた「ジャイアント・イエロー・ピラニア」やら、各種「サソリ」、新たに飼いはじめた「うさぎ」の話をしてあげると・・・キラキラした瞳で、興奮気味で彼の話に聞き入るようにな
る。
そして二人は、ちょっとした休憩時間になると、工場の隅の、人目につかないところで、「逢引き」・・・もとい、仲良くお互いの私生活の話などするようになる。
茂は今でも、彼女の手の感触をおぼえている。
親しくなってからまもなく・・・彼女は、たびたび茂の手を握ってきたり、腕まくりをしたハダカの彼の腕をそっと手でつかむようになる。
「ああ・・・茂さんの手って、いつもあったかくて、気持ちいい。あたし、なんか眠くなりそう・・・。」
茂の手を握るたび、彼女はうっとりした表情でこう言っていた。
(やよいちゃん・・・とってもかわいいな。)
そんなとき、誰も見ていない工場の薄暗い片隅で・・・彼は思わず、「やよいちゃん」をグッと抱き寄せ、髪を優しくなでてあげたい衝動に幾度となくかられたものだ。
ただし茂は、やよいちゃんに対しては、はっきりと「彼女」・・・すなわち、「中岡葉子」という恋人がいる、ということを初期の段階で明言していた。
彼は当時、ある意味、葉子に「忠誠」を誓っていたので、けっして「やよいちゃん」をだまして、『ふたまた』をかけるような卑怯なマネはしなかった。
しかし、「やよいちゃん」は、それでも茂のことがあきらめきれなかったようだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それが明らかになったのは・・・2001年2月14日の、バレンタインデーの前日・・・13日の火曜日だった。
翌日に茂が休みをとりたい旨を田辺さんに告げると・・・「やよいちゃん」は、とてもさびしそうな表情をして、茂にぽつりと、ひと言。
「・・・それじゃ、あたし、手作りの『チョコ』あげらんないじゃん・・・。」
~ ~ ~ ~ ~
そんな茂も、さまざまな事情から、この『徳力精工』を去ることとなる。
・・・2001年3月30日(金曜日)。
今年度の最後の日。
茂が退職する、この当日・・・『田辺さん』と『やよいちゃん』は、そろって会社を休んだ。
きっと二人とも、茂に直接『別れ』を告げるのが、つらかったのだろう・・・。
彼はその一報を上司から聞かされたとき・・・「やよいちゃん」同様、「田辺さん」も自分にひそかに想いを寄せていたことを思い出していた。
彼が工場の裏のほうで、例の『逢引き』をしているのを、「田辺さん」に一度だけ見られたことがあった。
その様子を見た彼女は、とても悲しそうな・・・さびしそうな目で茂をじっと見つめ・・・こう言ったものだ。
「・・・仲いいのね、ふたりとも。あたし、うらやましい・・・。」
最後の勤務を終えて、帰宅の途につく、車中の茂の目には、限りなくさびしい、そして悲しい涙があふれていた。
(田辺さん・・・そして、やよいちゃん。僕は・・・いま、とってもさびしい・・・。また僕は、こうして大切な人たちを失ってしまったんだ。いったい・・・あとどれくらい、こんなつらい別れを繰り返さなきゃならないんだろう・・・。)




