第153章:派遣の渡り鳥、茂
民間企業にて、『派遣社員』として働く茂。
しかし、「吉野工業所」を、わずか二ヶ月余りで辞めたあとは、職や派遣会社を渡り歩き・・・一年で、数回も転職していたのだった。
読者の皆様もご承知のように、派遣会社は、茂のように「自己都合」で短期間のうちに辞める人間にはかなり厳しく・・・なかなか「出戻り」は許されなかった。
いわば、「辞めグセ」のついてしまった茂は・・・日曜の新聞にはさまっている「派遣社員募集広告」をにらみ、「もっといいところ、もっといいところ・・・」と、なるべく楽で長続きしそうな現場や、少しでも待遇の良さそうな派遣会社を漁って、母親のなじる言葉と冷たい視線を浴びながら、「就職活動」にいそしむのであった。
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茂は、最初の『吉野工業所 第2工場』を辞めてからは、大田原市の『ニコン』に。
この『ニコン』では、昼勤と夜勤の2交代制だった。
しかしここで彼は、派遣会社に入ってから、はじめて、「いじめ」「いやがらせ」を経験する。
この現場は、主に、「カメラ関連」の会社であり、普通のカメラのレンズのみならず、ひとつ何千万円もする、非常に高価で精巧なレンズも取り扱っていた。
茂が配属された部署は、その高価なレンズに検査用の特殊な溶液を垂らし、これまた特殊な機器でもって、「レンズのひずみ」を測定する業務を任されていた。
もう、26年前のことであり、とうに退職されておるだろうから本名を書いてしまうが・・・茂はここで、『戸部』という、たぶん、当時50代の男性社員に、嫌がらせを受けることとなる。
その男は、妙に「気さく」・・・いや、「偏屈」なところがあり、くだらない「口上」「クソおやじギャグ」をやたらほざき、来る人来る人に垂れ流す、典型的な「つぶやきオヤジ」であった。
本当にくだらんギャグであり・・・それを聞かされた人は、苦笑いとか愛想笑いをしてごまかし、ヤツのご機嫌を取っていた。
「いやぁ~、戸部さんのギャグって、ほんっとに天才的ですよ。俺・・・マジで感動しましたッ!!」
・・・みえすいた「おせじ」も、たいがいにして頂きたいものである。
そうやって、妙におだてるから、馬鹿が本気で喜び、図に乗るのだ。
くだらないギャグに付き合っていられなかった茂は、「おいおい、やめてくれよ、もう・・・」といった表情で、連中から離れて、一人で自家用車で昼食をとる。
それが気に障った戸部は・・・公私混同し、まったく茂に仕事を教えてくれなくなった。
当然彼は、仕事に行き詰まり、途方にくれることに。
要領が悪く、「ウソ」や「おせじ」ががなかなか言えなかった、当時の茂は・・・戸部が茂の後ろに回りこんだときにボソッと言った『ひと言』で、辞めることに決めた。
「・・・もっと苦しめ。」
わずか一週間の勤務であった。
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読者の皆様には、このときの茂の失敗から、いろいろ学んでほしいと思う。
たとえ相手が、「超クソつまんねーギャグ」「お寒いオヤジギャグ」などを、こちらに放ってきたとしても、決して、冷たくあしらってはいけない。
とはいうものの・・・別に、可笑しくもないのに、腹を抱えて、「あっはっはっは!」などと、笑い転げて見せる必要などまったくない。
くすっと笑う程度で十分である。
「ウケた」と思えば、簡単に相手はだまされ、満足する。
なにしろ、『馬鹿』である。
そして、戸部は、この『なにしろ』という接続詞を、やたら乱用し、文脈や話の流れを全く無視して、強引に会話に挿入してくる、日本語さえもロクにマスターできておらぬ「アホタレ」でもあった。
「なにしろ、おはよう! そういえば、昨日な、なにしろ新聞を読んだらな、小泉首相がなにしろネクタイの色が赤だったもんだからだな、そんなわけでなにしろ、この俺は
だな・・・なにしろ・・・」
・・・あきれて、モノも言えぬわ。
もし、このような『キXXイ』に不幸にして遭遇してしまったら・・・ひたすら自分が「馬鹿に徹し」、決して逆らわぬこと。
それが、「上司」や「先輩」となれば、なおさらである。
「時と場合にもよるが、基本、ひとまず自分がバカになって・・・大馬鹿の脳タリンを、おだてるが勝ち」・・・
これを肝に銘じていただきたいと・・・そのように思うところなのであります。




