第150章:吉野工業所・第2工場
茂が派遣社員として配属されたのは・・・旧・小川町にある『吉野工業所・第2工場』。
「トリガー」といって、トイレマジックリンなどの、液を噴射する部分や、シャンプーなどの中身を押し出すための「ポンプ部分」のプラスチック製品を作る工場だった。
ここは、24時間365日、フル稼働するところで・・・「三交代制」の、極めて忙しい職場だったのだ。
機械から出てくる製品を、サッと目視検査し、自分で箱詰めし、箱の梱包・パレットへの積み上げ、検査数の記録まで同時にこなす・・・このような、けっこう動きの激しいものだった。
茂は最初、「トリガー5」という、機械がジャカスカ大きな音を立てて稼動する部署に配属されたのだが・・・本当に忙しく、よそ見などしている暇はなかった。
・・・冗談抜きで、アホづらぶっこいて、ハナくそでもほじっていようものなら、アッと言う間に製品が、バラバラと床に落ちてしまうので、本当に集中しないと、仕事にならなかった。
そんな状況だから、まともにトイレにも行けない状態だった。
尿意がある場合には、近くの「オペレーター」がいる場合、大声で怒鳴る。
「すいませぇぇえん! トイレ行きたいんですがああ!!」
すると、その社員のオペさんが、「用足し」に行く間、代わりに、『検査』『梱包』してくれるわけだ。
少年時代からトイレが非常に近かった茂にとっては、とても過酷な現場であったが・・・幸い、その工場のオペさんは、茂がトイレが近い体質だということにまもなく気づき、それを仲間にも周知してくれたので、いつも茂を気にかけ、嫌な顔ひとつせず、「トイレ交代」に入ってくれた。
工場内が非常に暑く、汗もかいたので、次第に小便の回数も減っていき、その過酷な作業にも慣れていった。
茂はこの工場に来てから、生まれて初めて「夜勤」を経験した。
「昼夜逆転」になるシフトのときには、帰宅すると眠くて何も出来ず・・・まさに「食って寝るだけ」という日々も続いた。
その夜勤自体にも慣れ・・・普通に生活のリズムができた彼だが・・・たった2ヶ月で工場を辞めてしまった。
茂の母が、騒いだためである。
もともと彼の母は、茂が公務員を辞めるのを反対していて、彼が無理に押し切る形で辞めたので、この「吉野工業所」で働くことも、当然快く思っていなかった。
それで彼の母は・・・夜勤で疲れた彼に噛み付き、「正社員になれる職を探せ!」と、ことあるごとに怒鳴ったわけである。
この、「母との確執」は・・・後述するが、ずっと茂を苦しめ、今でも彼の心に暗い記憶と影を落とす、容易ならざる「苦行」となってゆく・・・。
とはいえ、なにせ「つぶしのきかない元・公務員」という悲しい現実・・・。
おまけに、令和の今も、『失われた30年』などと称されるほどの「平成大不況」の真っ只中の厳しいご時勢・・・
そうやすやすと、「正社員への道」が見つかるものではないのだ。
それに、こんなことを人前で軽々しく口走ってはいけないのだが・・・はっきりいって、茂は働くことが嫌いだった。
これをお読みくださっている読者の皆様もそうであると思うのだが・・・ご他聞にもれず、彼もまた、「働くよりも遊ぶほうが好きな人間」だった。
まじめな性格だったので、仕事にいったん入ってしまえば、もちろん人並みに集中して従事してはいたが、けっして働くことに喜びを感じていたわけではない。
令和4年の現在、警備員として働く茂は、非常に仕事にやりがいを感じ、誇りを持って『警備業務』にあたっているが・・・若き日の彼は、それほど仕事に対する「情熱」「誇り」というものを感じることができなかったのである・・・。




