第145章:甲斐性の無い男・・・茂
・・・茂は、本当に幸せだった。
もう、『武村の影』におびえる必要も無かったし、なによりも、目の前には、葉子本人がいてくれる。
いくら『まゆみ』や『みずき』が支えていてくれたとはいえ・・・茂自身、本当の「安らぎ」というものを得ることは出来なかったのだ。
その点、サーフィンは、茂の乾いた心を十二分にうるおしてくれた。
彼は、性能のいい、新しいボードを手に、毎週のように夢中で週末は海に行き、日曜は葉子に会う・・・という生活をしていた。
やがて彼は、しばらく考えていなかった、「今後の身の振り方」についても、一応のけじめをつけようとしていた。
・・・貯金のほとんどない茂が、何ヶ月も・・・何年も遊んで暮らすわけにはいかなったからである。
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茂には、これといった資格も、特技も技能も、何もなかった。
「公務員」という職業柄、「手に職をつけていた」わけではなく、かといって、営業や客商売、接客業なども、彼には出来そうもなかった。
よくちまたで、「死ぬ気でやれば、何だって出来るはずだ。甘ったれるな!!」という意見があるが・・・、あんなひどい最低レベルの職場だったとはいえ、一応身分は保証されていたし、茂が辞める頃には、一回あたりのボーナスも40万円を越えていたのだ。
なかなか、まったく「畑ちがい」の業種に飛び込む勇気など、湧かないものだ。
・・・もちろんそれは、「人にもよる」のだが・・・。
今から思い返してみれば、そのあたりに、葉子の、茂に対する不満があったのかもしれない。
「甲斐性がない男」だと・・・。
悲しいことに、今の茂もそうだ。
貯金はゼロ。
・・・この先の、母が亡くなったあとの、厳しい生活の「未来予想図」というものを具体的には描けておらず、齢50を過ぎた今でも、だらしないビジョンしか持っておらぬ。
こんな生活力のない男が、やれ、「夢」だとか「本当に幸せな恋の形」などと叫んだところで、もしかしたら、葉子本人には響かないのかもしれない。
しかし・・・茂も私も、『ロマンティスト』である。
それも、「尋常ではないレベル」なのである。
いつでも、少年のように、夢を追いかけて生きていたい・・・。
『たからもの』及び、続編である『たからものⅡ』は、実は、そんな甘ちゃんで情けない、生活力・サバイバル能力のない、ただひたすら、『夢』と『ロマン』と『過去の想い出』を大切にし、いつもこよなく愛する、ロマンティストたちの「はかない恋の物語」なのである・・・。




