第132章:ウルトラ極悪コンビ、誕生の巻
茂が、充実した「1996年度」の、大田原支所での一年を経て、翌年度には、前述した大悪党の、「武村久夫」と「鈴本睦雄」のふたりが、支所の検査課に異動してきた。
もともとこの二名は、武村が旧・西那須野町、睦雄が旧・湯津上村に実家があるということもあり、通勤という面から見れば、実に都合のいい「人事異動」であった。
しかし茂には、またあの「悪夢の日々」の再来を十分予感させる、不吉極まりない、迷惑千万な現象とも言えた。
武村が、また茂をチクチクとやりだしたのは以前と同じであったが・・・その影響なのか、それに呼応するかのように、同じ検査課の「高久」という、武村より少し後輩の係長の、茂に対する態度が、じょじょにではあったが変化し始めた。
前年度には飲み会でも、コンパニオンに、すけべな「ギャグ」を放ってゲラゲラ笑っていた高久係長であったが・・・この年度からの飲み会では、武村と同様、この男も、しだいに茂に対し、説教じみた話を振るようになる。
以前の章で紹介した、「古沢係長」、「川井氏」、「藤田氏」、「高橋氏」あたりも、この飲み会では、茂を武村や高久の魔の手から守ってくれるということはなかった。
(・・・子供じゃあるまいし、そのくらい、自分でなんとかしろよ、杉山君! 「おんぶ」に「抱っこ」に「肩車」じゃ、この先やっていけんぞ!!)
きっと、そのような「親心」であったのだと、『ナレーター』の私は解釈している。
実際、茂本人が、今現在、当時のそのことをどう捉えているのか・・・そのあたりは、彼に詳しく訊いてみないと分からないのだが・・・。
優しくて、太っ腹のおごりで、毎回自分のなじみのスナックに連れて行ってくれた、「河和課長」も、人事異動で「氏家支所」に去っていった。
課長を慕う茂にとっては残念でさびしい結果だったが・・・課長の家から近い支所ということもあり、彼にとっては、食糧事務所生活晩年の、最適な人事異動だったといえよう。
その一方、課長自身にとっては、例の、大田原市の飲み屋街である、『親不孝通り』が逆に遠のいてしまったわけであるからして、残念無念・・・といったところだったかもしれないが(苦笑)。
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仕事の面では、この大田原支所に配属された1996年度から、もう茂には「新しい業務」が課されていた。
それが、農家の方が汗水たらして、丹精込めて作ってくださった、農作物に対する「国営検査」である。
今は、米にしても、JA(= 農協)職員の方が、「自主検査」を行なっているが、この当時には、「食糧管理法(= 食管法)」(このときには、「新食糧法」)というものがあり、それに基づいての、国による検査が、茂たち食糧事務所の「支所職員」の手でもって、実施されていたのであった。
皆様もよくご案内のように、検査された農産物には、『一等』『二等』というランク付けがなされ、売れる「値段」「価格」というものが決まってしまう。
それゆえ、農家の皆様も、当時の茂たち、「農産物検査官」の動向、「等級格付け」の結果に一喜一憂していた・・・という状況だった。
言ってみれば、農家の皆様の「所得」というものが、「農産物検査官」の裁量次第で決まってしまうという、切実な財産事情もあり、茂が支所の、『或る先輩』に聞いた話では、そういった「検査官」にスリ寄る農家の方も、いたとかいないとか。
これは・・・私と茂、そして、ここの読者の皆様だけの「秘密」であるのだが・・・
大昔の「国営検査」の前の日になると、自分の家に検査官を招く農家もあったとか、なかったとか。
酒をふるまうのみならず、ときには、自分の娘を夜に検査官に『あてがう』などという、にわかには信じがたい「都市伝説」・・・いや、「地方伝説」もあったとか、なかったとか・・・。
そういったこともあり、検査官の中には、その「地位」を、国家権力かなにかと履き違える人もまれにいて、自分を「私」でなく、「本官」などと称する、勘違いヤローというのか、不届きモノも、おったらしい。
また、これも大昔の話ではあるのだが・・・米の国営検査の場面において、検査が始まる前から酒をかっくらい、勤務中にも関わらず、すでにグデングデンの泥酔状態で検査に臨む、いわゆる「不良検査官」の大馬鹿野郎も一部、いたとかいないとか・・・。
これを書いている私自身もそうであるが、お読みになった読者の方も、当時のこのような昔の国営検査官の「ご無体ぶり」には、怒りを通り越して、ただあきれるばかりだと、お察しする。
それよりなにより、当時の、まじめに米作りや麦栽培にたずさわっておられた農家の皆様のなげきと失望感、そのロクデナシどもに頭を下げなくてはならなかった、おつらい立場を思うと・・・なぜこのいいかげんな組織がのちに分解・解体されるに至ったのかが、十分理解できようというものである。
お断りしておくが、これらは、茂が小耳にはさんだ、「単なるネタ」のひとつとして、読者の皆様に「話のタネ」として楽しんでもらうための、『ナレーター』の私からの、ささやかな「贈り物」と解釈していただければ、幸いである。




