第131章:茂・・・本物のサーファーになる(3)
その後・・・茂は、波乗りの活動拠点を、もっと南の「大洗エリア」に移し、さらにこのスポーツに夢中になった。
だが、令和現在から見た私の結論を言ってしまえば・・・残念ながら彼は、思っていたほど上達はしなかった。
体重の重さが主たる原因であったのだが・・・いくらがんばっても、サーフィンする上での「足」というのか、「動力源」というべき、基本技である『パドリング』のスピードが極端に遅かったゆえ、いつも「うねり」に置いていかれ・・・なかなか、本当に乗りたかった沖合いの大波に乗ることができなかったのだ。
そのため、自分よりあとから入ってきた「後輩」の女の子にもどんどん追い抜かれ・・・気がつくと彼は、足が着く位置での「カス波」ばかりを選んで乗る、いわゆる「万年初心者サーファー」に成り下がっていた。
それでも、ごくたまーには、まぐれで大波に乗れる事もあり、そんな奇跡的な日は、ランナーズ・ハイならぬ、「サーファーズ・ハイ」を体中で味わい・・・踊り狂い、セコイ乗り方ではあったが、彼なりの「サーフィン・ライフ」というものを満喫していたのである。
これは、この『ナレーター』の私からであるが・・・これから波乗りを始めようと思う読者の方に、ひと言、アドバイスを申し上げたい。
人間、どうしても、「向き不向き」というものがある。
ある人が、なんなくこなせることが、ある人には、いくら努力しても追いつけず、その人のレベルには到達できず、しまいには、悲しくさびしい「挫折感」のみを味わうこともあるだろう。
物事には、「才能」というものが、たしかに存在する。
・・・それは、動かしがたい、厳然たる事実である。
しかしながら、そういった、「能力の差」「才能の差」を、いくらなげいたところで、何もいいことはないし、何も始まらない。
この私もそうであるが・・・本当の意味で「人生」を謳歌し、実りあるものにするためには、そうした「人との差」をなげくのではなく、「昨日の自分との差」を楽しんでいってほしいのである。
たとえ歩みが人より遅くとも、他の人と同じ場所まで到達できなかったとしても、ひたむきに地道にまじめに前を向いて取り組んでおれば・・・少なくとも、昨日の自分、以前の自分よりは、「1ミリ」でも、「1%」でも前に進むことができる。
そうした「自分の成長」を楽しみ、自分をいつくしみ、大切にし・・・その物事に嬉々(きき)として取り組むことができる・・・そのことを、純粋に・・・「子供のように純粋に」、楽しんで、味わっていただきたい・・・そのように私は思うのだ。
茂の「サーフィン・レベル」というものは・・・残念ながら、人に誇れるようなレベルではない。
しかし彼は、純粋に、「波に乗る喜び」「波に押される気持ちよさ」を知っているし、自分よりレベルが高いサーファーにも、初心者で、まだサーフィンの「いろは」も知らないような人にも、ボディボーダーの諸君にも、みなに敬意を払って海に入っている。
茂は、何年サーフィンをやっていても、海に行く前の晩には、まるで翌日に「遠足」や「運動会」でも控えた子供のようにワクワクし、心が躍り・・・ドキドキして眠れないような晩が毎度だった。
海から遠いT県からの「小旅行」ということもあり、海岸までの道程そのものが、彼にとっては、血湧き肉踊る、興奮する「冒険」だったのだ。
・・・約30年もの「サーフィンライフ」の間にも、さまざまなことが茂の身の回りで起きた。
今は、数年前にわずらった「神経痛」の影響もあり、海にすら行けていない。
「ボディビル」にしても、週3日、ベンチプレス1セット、シーテッド・ダンベルカール1セット、ラットマシン・プルダウン1セット、プレスダウン1セット、アブベンチ・クランチ1セットを、『筋量維持』のために、軽めのウエイトでほそぼそとこなすだけである。
以前にも読者の皆様に申し上げたように、令和4年現在の茂には、その隣に『生涯のパートナー』というものはいない。
そして彼は・・・おそらく、これからも、生涯、『作らない』覚悟である。
その理由は、もうお分かりいただけているとは思うのだが、それを踏まえたうえで、この物語の続きを楽しんでいただきたい・・・そのように思うしだいである。




