第101章:ナレーターが語る、さかのぼったエピソード(4)
この章では、また少し話が戻る。
「第97章」で触れた、『鈴本睦雄』に関するエピソードである。
1996年3月に、U市本所の「用度係」から、県北の「大田原支所」に異動する際、彼の後任に、この男が赴任することが決まった、と書いた。
その仕事の「引継ぎ」のさなか、茂は、睦雄の「性格」や「なり」をつぶさに観察することになるのだが・・・実は、そのときが初対面ではなかった。
茂が、1994年4月に、新しい部署に異動して、しばらくたった頃に、睦雄に彼は一度会っている。
その日は、ちょうど年度はじめの「青年部総会」があり、多くの支所の若者も、「合同会議」ということで、ここ事務所本所に集まってきていた。
睦夫は、この総会に青年部最後の卒業参加・・・つまり、最年長の「27歳組」として参加していたのだ。
実はこの男・・・やはり今回で「卒業」する、あの関谷と同期生でもあった。
そして彼は、茂が勤務後に、「オリオン通り」を歩いていると・・・通りなかほどに位置していた香水ショップを過ぎたあたりで、おもむろに背後から話しかけてきたのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「・・・よっ、杉山君、いま帰りかい?」
「あ・・・あなたは、たしか・・・」
「鈴本。鈴本睦雄。27だから、君より3学年上になるのか。君は確か・・・」
「まだ23です。10月に、24になりますが・・・。」
「そうだったな。・・・でさ、杉山君。君は、あの武村の部下だったよな、3月まで。」
「ええ、そうですけど・・・それがなにか?」
「実はね、俺も昔、あいつの部下だったんだよ。それも、事務所に入った最初の年に。杉山君と、まったく同じパターンでな。」
「・・・そうだったんですか?」
「ああ。それじゃ杉山君は・・・あいつの『本性』知ってるんだろ? あの、いやらしくて、エゲツない、蛇のような執念深さもさぁ。」
「え・・・? ええ、まぁ・・・。」
「よく一年も我慢できたね。そう言う俺も、やっぱり一年間は地獄だったけど、君同様、なんとか耐えた。」
「・・・なにかされたんですか、武村係長に。」
「いやー、『なにか』どころじゃないよ、杉山君。目の敵ってヤツだな。ほんっとに、ひでえ目に遭わされたんだからさぁ・・・。思い出したくもねえよ。杉山君は・・・どんなひでえことされたんだい・・・?」
このとき茂は、あやと別れて、それほど時間がたっておらず・・・誰にも、その当時の苦しい胸のうちを語れる人がいなかったという事情もあり、この男を、自分と同様、過去に武村に『煮え湯』を飲まされた同志と感じ・・・初対面ながら安易に信用し、事務所に入ってからの、「あや」に関するすべてのいきさつを話してしまった。
・・・もちろん、はじめから「あや」の名前は出さなかったが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「・・・ふぅ。」
茂の長い打ち明け話を聞いた睦夫は・・・ひとつためいきをつくと、一度あたりを油断なく見回すと、茂にこう言った。
「・・・なぁ、杉山君。つくづく思うんだけどよ・・・武村って男は、本当に最低なヤローだわな。ところでさ、その『パラダイス キャンパス』・・・だっけ? そこで杉山君が指名してたホステスって、なんて源氏名だったんだい?」
・・・茂は迷った。
読者の皆様は、ここまでのいきさつをつぶさに見てきて、その流れを十分理解してくださっておられると思うので・・・すでに、「あや」の名前が、この「青年部」はおろか、事務所全体の人間に、とっくに知られてしまっていた、ということをご存じだと思う。
そういったこともあり・・・そのことをもう茂自身も把握していたという事情もあり、この鈴本睦雄という、どこか怪しげな先輩に、「あや」の名前まで結局は告げてしまった。
すると・・・その源氏名を「入手」した彼は、一瞬、意味ありげな、なんともいえない鋭い目で茂の瞳をにらむと・・・今度は、うってかわって平和な・・・柔和な表情で茂の肩を叩くと、こう言ってきた。
「『あや』か・・・いい名前じゃないか。でも、もう店にはいないんだろ、その子。」
「ええ。」
「・・・なるほどな。まぁ・・・元気出せや。それじゃ、俺はこれから寄るところがあるから、これでな。」
そう言うと睦夫は、一瞬、顔を歪ませるような、いやらしい笑みを見せ・・・駅方面に向かって、ひとり駆けていった。
(・・・俺はもしかして、またとんでもない『ミス』を犯してしまったのかも。これは・・・また嫌な予感がするな・・・。)




