6. ゴキブリを駆除する千の方法
私の名はセーリア・アイアンヴェイル。伝説級の血筋を引く者として、本来なら魔獣の屍の上に立っているはずだった。だが、今の無様な姿を見てほしい。湿った森の地面に倒れ伏し、普段なら私の影を見ただけで逃げ出すような雑魚モンスターどもに囲まれている。
(くっ……胸の傷が……)
意識が遠のく。誇りが粉々に砕けていくのを感じた。それはモンスターのせいではない。あの忌まわしい秘密――私の裸体を、一人の男に見られたせいだ。
アイアンヴェイル家の家訓において、女性の肢体は聖域であり、異族の男の目に触れることは許されない。もし見られた場合、定めは二つに一つ。その男が私と結婚するか、あるいは私の手で殺されるかだ。
(ケイリー……もし生き延びたら、あんたをミンチにして家畜の餌にしてやるわ!)
闇に飲み込まれる直前、私は心の中でそう毒づいた。
ゆっくりと目を開けると、微かな光が差し込んでいた。死んでいない? 気がつくと、私は暖かな洞窟の中にいた。薪の燃える匂いが漂っている。誰かが助けてくれたのだと安堵した、その時。……なぜか胸が異常に重い。
視線を落とした瞬間、心臓が止まりそうになった。一人の男の頭が、私の胸にぴったりと、実になめらかに収まって寝ているではないか!
「ああ……お嬢様、やっとお目覚めですか。あんまり枕が柔らかいもんで、俺もつい寝入っちゃいましたよ」
その声……この世から永遠に消し去りたい、あの男の声だ。
「ケイリー! 今すぐその頭を私の胸からどけなさいよぉぉぉ!」
私はヒステリックに叫んだ。必殺の蹴りを見舞おうと跳ね起きようとしたが、体が動かない。縛られている!
「すみませんね、お嬢様」ケイリーは高級ホテルで目覚めたかのように、のんびりと欠伸をした。「こうするしかなかったんですよ。あんたが起きた瞬間、逆上したドラゴンみたいに暴れるのは目に見えてましたからね。俺の尊い命を守るために、とりあえず縛らせてもらいました」
「なっ……!? この下衆野郎! 今すぐ解きなさい! その卑猥な手をどけろって言ってるのよ!」
「手は重力のせいで勝手に動いただけですよ、お嬢様」ケイリーは罪悪感のかけらもなく、私の胸から手を離した。「オーケー、縄は解きます。けど、約束ですよ? 俺のこのハンサムな顔に爪を立てないって」
「ええ……約束するわ」私は弱々しく呟いた。だが心の中では、悪魔のような笑みを浮かべていた。(ええ、顔に爪なんて立てないわ、ケイリー。もっと素晴らしい贈り物をあげる……『死』という名のプレゼントをね!)
拘束が解かれると、私は従順な振りを装った。まだ胸の傷は疼く。策が必要だ。この森は私の庭も同然。どこに最も恐ろしい魔獣の巣があるかは熟知している。レベル9のケイリーなら、あいつらの格好の間食にしかならない。
「ケイリー……おんぶしてくれる? 足に力が入らないの」
精一杯、甘ったるい声を出してみた。吐き気がするが、計画のためだ。
「おおっ! もちろんですとも、お嬢様! 喜んで!」
ケイリーはすぐさま背中を向けて屈んだ。単純な男ね、私の罠に速攻で嵌まるなんて。
「あっちへ進みなさい」私は森の深部を指差した。学園の教師ですら一人では入りたがらない『レッドゾーン』だ。
「次はどっちですか?」かなりの距離を歩いた後、ケイリーが尋ねた。「ていうか、どこに向かってるんです? さっきから変な臭いが強くなってますけど」
「ここから脱出するためよ! 私の指示に従いなさい、近道を知ってるんだから!」
私が言い切ると、ケイリーは楽しげに頷いた。背中から伝わる感触を堪能しているようだ。(今のうちに楽しんでおきなさい、変態野郎。それが一生最後の快楽よ)と私はほくそ笑んだ。
だが、おかしい……あまりにも不気味だ。既に最上位捕食者の領域に入っているはずなのに、なぜ一匹のモンスターも襲ってこない? 本来なら『アーマーベア』や『シャドウウルフ』が飛び出してくるはず。なのに、森は静まり返り、まるで魔物たちが呼吸を止めて潜んでいるかのようだ。
(道を間違えたかしら……?)
不安がよぎる。もしここで魔物が現れたら、私まで危ない。「ケイリー、ちょっと降ろして」
地面に降りると、私は計画の最終段階に移行した。「ケイリー、お腹が空いたわ。あっちで果物を探してきてくれない? あの大きな茂みの裏に、珍しい果実の木があったはずよ」
私が指差したのは、凶悪な魔獣の巣穴の方角だ。
「了解です、お嬢様! 待っててください、最高に甘い果物を取ってきますからね!」
ケイリーは自らの死地へ向かって、元気に駆けていった。
彼の姿が見えなくなるや否や、私は踵を返して森の境界へと全速力で駆け出した。
「さよなら、ケイリー! 魔物に食われても私のせいじゃないわ。あんたの運命が悪かったのよ!」
警戒しながら走る。だが不思議なことに、通り過ぎる道には魔物の一匹もいない。(……魔物たちが私を恐れているのかしら?)自信が湧いてくる。
ドォォォン!
突然、巨大な『角持ちの大蛇』が木から飛び出してきた! しかも一匹ではない……茂みから次々と現れ、一、二……合計六匹! 完全に包囲された。
「嘘……なんでケイリーがいない時に限って出てくるのよ!?」
息が荒くなる。中級モンスター六匹を同時に? 傷が癒えていない今の私には不可能だ。
(ケイリーは今頃あの中で死んでいるはず……そして、私もすぐ後を追うことになる。あの世で会ったら、二回はぶっ飛ばしてやるわ!)
私は目を閉じ、最期の瞬間に備えた。だが、ただでは死なない。
「来なさい、忌まわしい化け物ども! 相手になってやるわ!」
だが、襲ってくるかと思いきや、魔物たちは突如としてガタガタと震えだした。彼らは私の背後を見つめると、一斉に背を向け、まるで死神でも見たかのように蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ去っていった。
「え……? なぜ逃げるの? 私、そんなに凄かったかしら?」
私は呆然としつつも、自分の強さに酔いしれた。
「お嬢様ー! やっぱりここにいた! 場所を移動するもんだから、探すの大変だったじゃないですか!」
茂みの陰から、服に山盛りの野生の果物を抱えたケイリーが現れた。顔は涼しげで、服も乱れていない。モンスターに襲われた形跡など微塵もなかった。
「え、ええぇっ!? ケイリー!? なんで生きてるのよ!?」
私は思わず叫んだ。レベル9がどうやって森の深部から無傷で戻れるというのだ。
「え? なんで死ななきゃいけないんです? この森、けっこう穏やかじゃないですか」
彼は平然と答え、果物を差し出してきた。
私は忌々しく鼻を鳴らした。なんて運の良い男なの! だがまだ諦めない。
「ケイリー、この果物は嫌いよ。もっとあっち、ずっと奥の方で別のを探してきなさい!」
「あー……わかりましたよ、お嬢様。もう一回探してきますね!」
ケイリーは疑うこともなく、またしても森の奥へと去っていった。
彼が行くや否や、私は学園の境界線を目指して猛ダッシュした。幸運にも、途中で捜索に出ていたアルドリックおじい様と合流できた。
「セーリア! 無事だったか!」おじい様が私を抱きしめる。
「おじい様、帰りましょう! 早く!」
私は二度と後ろを振り返らなかった。あの魔物の森にケイリーを一人残して。
(ケイリー、今度こそあんたは戻ってこれない。永遠にさよならよ!)
勝利の確信と共に、おじい様と帰路につく。アイアンヴェイルの因習からも、あの変態からも解放されたのだ! ……なのに、なぜだろう。彼をあそこに置いてきたことに、ほんの少しだけ胸がざわつくのは。……いや、気のせいよ。あんな奴、どうなっても知ったこっちゃないわ!
この作品をお読みいただき、誠にありがとうございます。毎週土曜日と日曜日の午前9時、そして平日の午後7時に公開いたします。重ねて御礼申し上げます。




