5. デスマラソン:女神の宝箱の秘密
その朝は、ケイリーが……コホン、学園の未来(の女子生徒)を拝めるという希望に満ち溢れていたように、実に清々しい快晴だった。ケイリーは軽い足取りで仕事へと向かう。
「準備はいいか! 俺は準備万端だぞ!」
海から来た黄色いスポンジのような高い声で叫ぶケイリー。それもそのはず、今日はついにプール建設プロジェクトが公式に始動する日なのだ。
「おはようございます、セーリア様! おはよう、世界!」
広場で真剣に剣の打ち込みをしていたセーリア様を見かけ、ケイリーは声をかけた。
「おはよう……」
肩で息をしながらセーリア様が答える。首筋には汗が滴っていた。「ずいぶん早いのね、ケイリー」
「お嬢様こそ。その献身的なお姿、恐れ入ります!」
そう言いながらも、ケイリーの目は24時間稼働の変態レーダーで彼女をスキャンしていた。(おお、朝から目に優しい光景だぜ)と、彼は心の声で呟く。「お嬢様、俺は一足先に行きます。設計図の仕上げがあるんで。では、また!」
「ええ……また後でね」
セーリア様は再び剣を振るい始めた。
しばらくして、稽古を終えたセーリア様はタオルを肩にかけ、更衣室へと向かった。早朝の廊下はまだ静まり返っており、彼女は安心しきっていた。更衣室の中で汗ばんだ服を脱ぎ捨て、新鮮な水を浴びる。彼女は完全に一人きりだ……そう思っていた。
シャワーを浴び終え、着替えを済ませて外に出ると、そこにはドアの前で猛烈に……それはもう猛烈に熱心に床を掃いているケイリーの姿があった。
「ケイリー? なぜまだ掃除をしているの?」セーリア様は不思議そうに尋ねた。「あんたはもうプールの設計責任者でしょう? 掃除はもうあんたの仕事じゃないはずよ」
「あ……いや、その……」ケイリーは急に狼狽し、箒がデタラメな動きをする。「俺は……ただ少しでも手伝いたくて! 掃除は……幸福の源ですから!」
「そうなの? ……うっ」
突然、セーリア様が顔をしかめた。胸を押さえ、刺すような痛みに耐えるようにゆっくりと蹲る。
「どうしたんですか、お嬢様!?」ケイリーは心配そうな顔で駆け寄った。「まさか胸の傷が開いたんですか? 血は滲んでませんか!?」
セーリア様は凍りついた。痛みは一瞬で消え去り、代わりに背筋を冷たいものが駆け抜ける。「いいえ……この傷はもう治りかけているわ。たまに痛むだけ……。って、ちょっと待ちなさい!」
セーリア様の目が鋭く見開かれた。周囲の空気が一変し、殺気が立ち込める。
「なぜ……なぜあんたが私の胸に傷があることを知っているの? 誰にも言っていないはずよ。おじい様にさえ秘密にしているのに!」
ケイリーは生唾を飲み込んだ。脳がフリーズする。「あ……いや、その……さっき着替えてる時にうっかり見えちゃって。それに……まあ、あの川の時もバッチリ見えてたし……」
沈黙。
「な……なんですって!? あんた、本当に私を覗いていたのね!?」
清楚なセーリア様は、一瞬にして地獄の雌虎へと変貌した。「よくも……よくもやってくれたわね、このド変態ゴキブリ野郎ッ!!」
ケイリーは慌てて口を塞いだが、時すでに遅し。トウモロコシの粒のような冷や汗が全身から噴き出す。彼は悟った。プールプロジェクトが今、死神によって白紙にされたことを。
「死ねぇぇい!」
セーリア様はケイリーに飛びかかり、彼を床に押し倒した。容赦なく馬乗りになると、彼の顔と胸に数千発の連打を浴びせる。
ドカッ! バキッ! ズドッ!
数分間の凄惨な制裁の後、セーリア様は動きを止めた。肩で息をしながらも、心は晴れやかだった。「はぁ……やっとスッキリしたわ」動かなくなったケイリーの体を見下ろし、冷ややかに呟く。「犯罪者の称号を得ることになるかもしれないけど、この変態モンスターを駆除したことに後悔はないわ」
彼女は立ち上がり、乱れた髪を整えた。「さて、あとは死体の処理ね……燃やすべきかしら? それとも学園の裏に埋める?」
「どっちも嫌ですよ、お嬢様……」
弱々しいケイリーの声が響いた。
「なっ!?」セーリア様は飛び上がって驚いた。ミンチになっているはずのケイリーが、ひょいと軽やかに立ち上がったのだ。「あんた、生きてるの!?」
「お嬢様が満足するまで気絶したフリをしてただけですよ! あばよ、お転婆お嬢様!」
叫ぶなり、ケイリーは悪魔に追われているかのような速さで逃げ出した。
「ふざけないで! 逃がさないわよ! 地獄の果てまで追いかけてやるわ!」
セーリア様は弾かれたように後を追う。賑わい始めた学園の廊下で、二人の猛レースが始まった。
「止まりなさい!」形相を変えて叫ぶセーリア様。
「嫌だ! 命だけは助けてくれー!」ケイリーはジグザグに走り、角を利用して彼女を翻弄する。
(クソッ! なんであいつ、あんなに速いのよ!?)
レジェンドの才能を持つセーリア様が、ただの一般人に引き離されそうになっている事実に彼女は苛立った。
その時、セーリア様の隣に巨大な影が現れた。アルドリック様だ!
「どうしたんだ、セーリア?」学長は孫娘の隣を並走しながらのんびりと尋ねた。「朝からケイリーと何をしている?」
セーリア様はギクッとした。「あ……あはは、ただの追いかけっこよ、おじい様! 有酸素運動のトレーニングなの!」
彼女は咄嗟に嘘をついた。もし理由がバレれば、胸の傷の秘密――そして覗かれたという事実――を知ったおじい様が街ごと吹き飛ばしかねないからだ。
「ほう、そうか?」アルドリック様は頷いたが、前方を走るケイリーを見て目を細めた。「だが、あのケイリーとかいう男……速すぎるな。もはや異常なレベルだぞ」
「あいつは異常なのよ! もう、おじい様は邪魔しないで!」
アルドリック様は足を止め、遠ざかる二人を見守った。最初は微笑んでいたが、次の瞬間、その顔が般若のように暗く沈んだ。
「待てよ……追いかけっこ? 紅潮した顔? 怒り(喜び)の混じった声?」
アルドリック様の瞳に怒りの炎が宿る。「まさか……あいつら、恋仲なのか!? 認めん! 断じて認めんぞぉぉ!」
学長は、孫娘を盗もうとする男への怒りに任せて爆走を開始した。「ケイリー! 俺の孫は貴様には渡さぁぁん!」
一方、アルドリック様まで自分を殺しに来たと勘違いしたケイリーは、さらにパニックに陥った。彼は学園の裏山にある、魔物の巣窟へと飛び込んだ。
バキッ! ドカッ!
走りながら、ケイリーは無意識に数体の魔物を撥ね飛ばした。「今の何だ? まあいい、とにかく逃げろ!」
彼にぶつかった魔物たちは粉々に砕け散った。ケイリーは、自分の力が学園の記録にあるレベル9などを遥かに超越していることに全く気づいていなかった。
森の魔物たちは震え上がった。巨大な狼はケイリーの影を見ただけで穴に逃げ込んだ。(な、なんだあのオーラは!? 恐ろしすぎる!)魔物たちの本能が告げていた。命が惜しければ逃げろ、と。
その頃、森の中ほどでついにセーリア様が力尽きた。スタミナが切れた瞬間、胸の痛みが再発したのだ。「なぜ……なぜ追いつけないの……」
地面に倒れ込み、彼女は弱々しく呟いた。「私って、あんなに弱かったのかしら……」
動けなくなったセーリア様の周りに、森の魔物たちがじわじわと集まり始める。彼女は諦めたように目を閉じた。(……最悪ね。あんな変態に覗かれた挙句、こんな雑魚モンスターに食われるなんて。いっそここで死んだ方がマシかしら……)
そんなこととは露知らず、ケイリーはさらに深い、高ランクの魔物が潜む「死の領域」へと突き進んでいく。彼は自分が本当の地獄へと足を踏み入れていることに、まだ気づいていなかった。
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