第16話:カメラの夢と、あの夜の秘密
ウェルウィナの街を揺るがした魔獣騒動から数日が過ぎた。街は活気を取り戻し、市場の喧騒も戻り、太陽はあの惨劇がまるで嘘であったかのように温かく降り注いでいる。
ケイリー君は、自慢の「我が家」の前に立っていた。壁は古びた木材が歪み、屋根はあちこちが雨漏りし、立派な隣家と比べればあまりに小さく、みすもなしい建物だ。
「やっぱり、自分の家が一番落ち着くな」
彼はザラついた木の壁を撫でながらポツリと呟いた。それから、浮き上がった板を叩き、気合を入れて修理を始めた。
確かに、周囲の家々と比べればケイリー君の家は「ゴミ捨て場の小屋」にしか見えない。隣家は綺麗なレンガ造りで窓ガラスもあり、広い庭まである。しかし、ケイリー君は引け目を感じるどころか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
このウェルウィナでは、住宅税は建物の豪華さと広さによって決まる。立派な家ほど、街の金庫へと多額の税金が吸い取られる仕組みだ。だが、ケイリー君の家は? 「住居として機能していない」と見なされているため、税金は一ペニーすら取られない。完全無料だ。
「贅沢な暮らしをして税金に苦しめばいいさ。俺は質素に、かつ財布をパンパンにして生きていくからな」
彼は独り言で戦略を語った。「さて、本来の目的に集中しよう。『カメラ』を作るんだ!」
ケイリー君の瞳がキラキラと輝く。この中世のような世界で、もしあの魔法の道具を発明できれば、彼の名は「発明家」として永遠に刻まれるはずだ。まさに伝説の誕生である。
「はっはっは! 想像してみろ、俺はこの世界で一番の知恵者になるんだ!」
通りすがりの人が変な顔をするほどの大声で彼は笑った。「そして何より……川で水浴びをしている美女たちを撮影できる! へへへへ……」
彼の顔はいかがわしい妄想で歪み、今にもよだれが垂れそうだった。
しかし、その高揚感はすぐに消え、彼は真剣な表情で考え込んだ。
「だが……材料が問題だ。この石器時代みたいな場所じゃ、特にレンズが手に入らねぇ」
彼は前世の記憶を必死に掘り起こそうと、こめかみを押さえた。
「落ち着け、ケイリー。思い出せ! 単純なピンホールカメラを作るのに何が必要だ?」
彼は物理と芸術の知識を指折り数え始めた。
遮光容器: 空き缶、靴箱、あるいは気密性の高い瓶。
反射防止剤: 内部を真っ暗にするための黒い塗料か黒い紙。
針穴レンズ: 薄いアルミホイルと、精密な穴を開けるための極細の針。
道具: 黒いテープ、ハサミ、カッター、やすり。
化学薬品: 印画紙、現像液、停止液、定着液。
「ああああっ!」ケイリー君は頭を抱えて絶叫した。「全部無理だ! アルミホイル? 粘着テープ? 印画紙? この森のどこにあるってんだ! 電気すらないのに、高度な化学薬品なんてあるわけねぇ!」
彼は深呼吸をして自分を落ち着かせた。「よし、プランBだ。もっと原始的な方法……」
容器: 段ボールか空き缶。
穴: 小さな釘か針。
スクリーン: 薄い紙かトレーシングペーパー。
固定用: 輪ゴムと接着剤。
「これも同じ問題だ」彼はがっかりして呟いた。「作れたとしても、映るのはぼんやりした影だけだ。風景ならまだしも、人間……特に水浴び中の女なんて無理だ! 何時間もじっと止まってなきゃいけねぇ。そんなのありえねぇ!」
沈黙の後、彼は再び笑った。歴史を思い出したのだ。
「そうだ! 『カメラ・オブスクラ』だ! アリストテレスや、1000年頃の科学者イブン・アル=ハイサムが提唱した基本原理だ」
彼の目が再び輝いた。「フィルムなんていらねぇ! 光学の原理さえあればいい!」
これでは現代のカメラのように画像を保存することはできないが、少なくとも「生きた影」を投影できる。無料で映画を見るようなものだ。絵を描くのにも使えるし、日食の観察……あるいは、より高度な「覗き」にも使える!
「よし! 諦めねぇぞ! 本物の中世版を作ってやる!」
彼は木の棒で地面に設計図を描き始めた。
【「神の目」製作計画】
カメラ本体(容器):
既製品の箱はないので自作する。
材料: 軽くて薄い杉や松の木。15〜20cmほどの箱型に組み立てる。毛髪一本分の隙間も許されないほど密閉しなければならない。
内部コーティング(暗室):
内部は光の反射を防ぐために漆黒にする。
黒塗料のレシピ: 細かい木炭、動物の骨から作った膠、卵白を混ぜたもの。これを何度も塗り重ねる。
光の入口:
ここが鍵だ。
2x2cmほどの薄い錫か銅の板を用意する。
極細の鉄針(直径0.3〜0.5mm)で、絶対的な精度で穴を開ける。
接着には蜜蝋を使い、気密性を確保する。
投影スクリーン:
箱の背後、画像が映る場所。
ピンと張った羊皮紙を使用する。
あるいは薄いリネン布に植物油を塗り、半透明にする。
シャッター:
スライド式の小さな木の板。
「よし、美女の画像を保存はできねぇが、第一段階の実験としては最高だぜ!」
ケイリー君はすぐに作業に取り掛かった。木を切り、膠を煮込み、内部を真っ黒に塗る。手は汚れ、汗だくになりながらも、その情熱は燃え上がっていた。
数時間後、奇妙な道具が完成した。小さな筒のついた、謎めいた木の箱だ。
「できたぜ!」
彼は誇らしげに作品を掲げ、庭の大きな木に登ってそれを設置した。レンズの先は、ウェルウィナの港へと向けられている。海と太陽のおかげで光量は十分だ。
「さあ、映してくれ。俺は結果を待つだけだ。……その前に、腹が減ったな! 飯だ!」
ケイリー君は浜辺へと向かった。漁師たちが船を寄せ、豊かな海の幸を運び出している。潮の香りと新鮮な魚の匂いが鼻を突く。
「アキトおじさん!」
ケイリー君が遠くから呼びかけた。「こんにちは! 今日の調子はどうですか?」
日焼けした肌に満面の笑みを浮かべた中年男性が振り返った。「おお、ケイリーじゃないか! ちょうどいいところに来た。魚が傷む前に、これを荷車に載せるのを手伝ってくれ!」
「お任せを!」
ケイリー君は手際よく、魚の詰まった重い籠を運び上げた。彼の腕の筋肉がフル稼働する。
作業が終わると、アキトさんはケイリー君の頭をごつい手で撫でた。「助かったよ、感心な奴だ。ほら、これはご褒美だ」
アキトさんが取り出したのは、硬い殻と大きなハサミを持つ、街の人々には「海の虫」と呼ばれ気味悪がられている生き物だった。
だが、ケイリー君にとっては……それはロブスターだった! 前世の世界では最高級食材だ!
「わあ……! デカい! 最高だ!」
ケイリー君の声が興奮で震える。「ありがとう、アキトおじさん! 今日一番の宝物だよ!」
「ははは、お前さんは変わったものが好きだなぁ」
アキトさんは呆れたように笑いながら首を振った。「ほら、早く帰って美味いもんでも作れ」
「はい! お先に失礼します!」
ケイリー君はロブスターの入った籠を大事そうに抱え、意気揚々と家路についた。
道行く人々が籠の中身を見て顔を顰めていたが、ケイリー君は気にしない。彼らはロブスターの身の甘さと旨さを知らないだけなのだ。
家に向かう途中、大きな、しかしどこか沈んだ雰囲気の漂う家の前を通りかかった。そこには、階段に座り込み、うなだれている一人の男がいた。ジョネンだ。彼は虚ろな目で地面を見つめ、深い悲しみに沈んでいるようだった。
「ジョネンさんは可哀想に……一瞬で全てを失うなんて」
ケイリー君の後ろを通った住民が、ポツリと呟いた。
ケイリー君は好奇心に突き動かされ、その住民に声をかけた。
「ねぇ、おばさん。それ、どういう意味ですか? 全てを失ったって?」
住民は不思議そうな顔でケイリー君を見た。「あんた、知らないのかい? 本当に家から出ないんだねぇ。彼はあの夜、全てを失くしたんだよ」
「あの夜?」ケイリー君はさらに混乱した。「魔獣が襲ってきた夜のことですか? 何を失くしたんです? お金? 物?」
「もう、夕飯の支度があるから。失礼するよ」
その住民は妙な含みを持たせて答えた。声には笑いを堪えているような、それでいて同情しているような、不思議な響きがあった。
「ちょっと! 行かないでくださいよ! 教えてくださいって!」
追いかけようとしたケイリー君だったが、背後から柔らかな声で名前を呼ばれ、足が止まった。
「ねぇ……ケイリー。久しぶりね、元気だった?」
ケイリー君の血の気が引いた。その声は絹のように滑らかで、女神の歌声のように美しい。彼はゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、ウィンダさんだった。この地域で一番の美女。甘えるような微笑み、穏やかな瞳、常に完璧な容姿。しかし、彼女の姿を見た瞬間、ケイリー君の心臓は締め付けられた。
「ウィ、ウィンダ……」
ケイリー君はすぐにうつむき、その美しい顔を直視できなかった。恥ずかしさ、分不相応だという思い、そして何より辛いのは……彼女の心が今、誰の隣にあるかを知っていることだ。
「俺……急いでるんだ、ウィンダ。失礼するよ!」
返事も待たず、ケイリー君は脱兎のごとくその場を走り去った。困惑した笑顔で残されたウィンダさんと、悲しみの裏側に大きな秘密を隠したまま座り続けるジョネンを引き離して。
ケイリー君の心臓は激しく波打っていた。それは恋心ではなく、羞恥と嫉妬、そしてあの恐ろしい夜にジョネンさんの身に一体何が起きたのかという、膨らみ続ける好奇心のせいだった。
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