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15. 英雄の誤算と、消えぬ「強運」



ウェルウィナの夜明けは、見るに堪えない惨状と共に訪れた。崩れ落ちた建物の残骸からは未だ黒煙が立ち上り、鼻を突く血の生臭い香りが漂っている。応急処置所の混乱の中、ルッツさんは割れるような頭痛と共に目を覚ました。記憶にあるのは、レックスサウルスの嵐に巻き上げられ、空へと消えていったセーリア様の姿だ。

「すみません……セーリアお嬢様を見かけませんでしたか!? 銀の甲冑に、明るい色の髪の少女です!」

ルッツさんは、包帯の山を運ぶ医療スタッフに半ば叫ぶように尋ねた。

「見ていませんね、騎士様。ここでは負傷者が多すぎて……」

スタッフは振り返りもせずに答えた。ルッツさんは諦めず、よろめきながらキャンプ内を走り回り、担架に横たわる全ての顔を確認したが、彼女の姿はどこにもなかった。絶望が忍び寄る中, 彼は残された力を振り絞り、アイアンヴェール邸へと走った。

「アルドリック閣下! 扉を開けてください!」ルッツさんはアルドリック様の部屋の戸を激しく叩いた。「緊急事態です! 最悪の知らせが……!」

沈黙。重厚な扉は微動だにしない。アルドリック様は未だ、自らのトラウマという迷宮に閉じこもっていた。しかし、廊下の向こうから重々しい足音が近づいてくる。ローガン家の騎士、アレックスさんが険しい表情で現れた。

「どけ。この老いぼれを呼び出すのは俺の役目だ」

アレックスさんは乱暴にルッツさんをどかすと、せかすようなリズムで扉を叩いた。

「アルドリック閣下! ハーランド・ローガン様の名において参りました! 直ちに市役所へ向かってください。地下のポータルが完全に開かれました!」

返事はない。アレックスさんは鼻を鳴らすと、扉の隙間に口を寄せ、主からの最後の一言を囁いた。

「閣下……もしポータルが閉じられなければ、世界は滅びます。……貴方の愛する孫娘、セーリアお嬢様もろともな」

――ドォォォォォン!!

扉が壁に激突するほどの勢いで開かれた。そこには、乱れた髪の奥から鋭い眼光を放つアルドリック様が立っていた。

「今、何と言った? なぜポータルが開いたのだ!?」

「ようやくお出ましですか」アレックスさんはニヤリと笑い、「誰の言葉なら届くか、これでハッキリしましたね」と言わんばかりの視線をルッツさんに送った。「行きましょう、閣下。時間がありません」

「ルッツ、貴様も来い。道中で事情を説明しろ」アルドリック様が短く命じた。

「お待ちください! 閣下、まずはセーリアお嬢様のことを――」

「後だ、ルッツ! ポータルの封印が先決だ!」

アルドリック様は振り返ることもなく、出口へと疾走した。ルッツさんは深い溜息をつき、引き裂かれるような思いを胸にその後を追った。

【五種族の集結と、切断の悲劇】

市役所の地下に辿り着いたアルドリック様は絶句した。紫色の濃密なエネルギーを放つ『魔界の門』が、脈動するように不気味に震えている。そこには、激戦でボロボロになったレヴァン様とハーランド様が立ち尽くしていた。

「ポータルが開いてからどれほど経つ?」アルドリック様が単刀直入に問う。

「およそ三時間だ」ハーランド様が刺々しく答えた。息子ヘンドリックの処罰や、この窮地に不在だったアルドリック様への恨みが滲んでいる。

「妙だな……魔物が一匹も出てこないとは」アルドリック様が呟いた。「早急に閉じる必要がある。だが、これには五種族――エルフ、ドワーフ、竜族、人魚、そして人間の力が必要だ。連絡はついているのか?」

「エルフなら、襲撃が始まる前からここにいたぞ」レヴァン様が答えた。「他の種族も間もなく到着する」

「エルフの予知能力は流石だな」アルドリック様が顎をさすった。「だが、現場についてもなかなか仕事に取り掛からないのが奴らの悪い癖だ」

「それは私が、死にかけていた貴方の孫娘を治療していたからですよ。この恩知らずな人間め!」

凛としていながらも鋭い声が響いた。エルフの重鎮、ヴェロニカ・ロス様が影から姿を現した。「我らエルフは仕事を遅らせたりしません。ただ、命は貴方のエゴよりも重いと言っているのです」

「何だと!?」アルドリック様が飛び上がった。「セーリアか!? どこにいる! あいつが怪我をするはずがない、人違いだろう!」

「本当ですか、エルフの御方! お嬢様は今どちらに!?」ルッツさんが割って入り、生存の報に安堵して泣きそうになった。

「高度な治療を施すため、すでにエルフの森へと運びました」ヴェロニカ様が指先でアルドリック様の胸を制した。「彼女の生きた顔が見たければ、まずはこの終末の穴を閉じなさい」

アルドリック様はようやく落ち着きを取り戻した。やがて、竜族の代表ラウル(熱い気気を纏った美青年の姿)や他の代表も集結し、ポータルを囲んで古の封印魔法を唱え始めた。

巨大な門がゆっくりと閉まり始め、金属が擦れる悲鳴のような音が響き渡る。しかし、門の隙間が残り数センチとなったその時、闇の中から一本の人間の手が伸び、必死の形相で門の縁を掴んだ。

「早く閉めろ! 悪魔が出てくる前に!」誰かがパニックで叫んだ。

「その手は俺が切り落としてやる!」

ハーランド・ローガン様が英雄のごとく叫んだ。彼は跳躍し、光り輝く剣を一閃させた。――ザシュッ!! 完璧な一撃が、その腕を切り飛ばした。

「待て! 悪魔の腕がそんなに簡単に――」竜族のラウルが警告を発したが、遅すぎた。

溢れ出したのは、悪魔の黒い血ではなく、鮮やかな赤い血だった。ハーランド様は誇らしげに切り落とした腕を掲げた。

「はっはっは! 見たか! 悪魔など、俺の前ではパンを切るのと同じだ!」

全員が青ざめ、沈黙が場を支配した。ヴェロニカ・ロス様が眉をひそめて歩み寄った。

「ハーランド殿……なぜこの『悪魔の血』は、人間と同じ臭いがするのですか?」

「旦那様……」アレックスさんが震える声で囁いた。「その手の薬指……ローガン家の家紋入りの指輪が……。それ、ヘンドリック若様の腕です!」

「な、何だとぉぉぉ!?」

ハーランド様の顔は紙のように白くなった。切り落とされた腕を凝視する。「そんな……まさか!」

「父上ぇぇぇ! 助けてくれぇぇぇ!!」

ポータルの隙間から、死人のような顔をしたヘンドリック様が、血まみれの肩を押さえながら姿を現した。

「早く引っ張り出せ!」アルドリック様が叫び、ヘンドリック様が救出された直後、凄まじい音と共に門は完全に封印された。

ハーランド様は、悪魔だと思って切り落とした「実の息子の腕」を手に持ったまま立ち尽くしていた。周囲の者たちは必死に呼吸を整えるフリをしていたが、マントの下で、ラウルとヴェロニカ様は人間界の騎士史上最も恥ずべきこの光景に、笑いを堪えるので必死だった。

【ステータス判定:アルドリックの豪運】

事態が収束し、ヘンドリック様が腕の接合手術のために医療室へ運ばれた後、代表者会議が開かれた。底知れぬ羞恥心に苛まれていたハーランド様は、「息子の腕切断事件」から周囲の目を逸らすため、アルドリック様を攻撃し始めた。

「アルドリック閣下」ハーランド様が無理やり威厳を作った、掠れた声で言った。「街の復興を議論する前に、貴方のステータスを更新していただきたい。もし貴方が一般市民ケイリーを殺害し、『犯罪者』の称号を得ているのであれば、ここに座る資格はない」

空気が張り詰めた。ラウルとヴェロニカ様が囁き合う。「ケイリーって誰だ?」「閣下がうっかり消し飛ばしてしまった貧乏な若者らしいわよ」

アルドリック様は冷や汗を流した。もし投獄されれば、セーリアに会いにエルフの森へ行くこともできない。「今はそんな場合では……」

「やってください、閣下」事情を知らないレヴァン様が加勢した。「あのケイリーという若者は、隠れたスパイか犯罪者だったに違いありません。貴方は清廉なはずだ」

ハーランド様が勝ち誇ったような笑みを浮かべ、『鑑定の水晶』を差し出した。アルドリック様は目を固く閉じ、最悪の事態を覚悟して水晶に触れた。

水晶が、汚れ一つない真っ白な光を放った。

「おめでとうございます、アルドリック閣下!」ヴェロニカ・ロス様が声を上げた。「『犯罪者』の称号はありません。貴方のステータスは純白な『英雄』のままです。実に見事だわ!」

ハーランド様は呆然とした。「そんな馬鹿な! 確かにあいつはあの若者を地平線の彼方まで殴り飛ばしたんだぞ!」

アルドリック様は目を見開き、肩の荷が下りたのを感じて高笑いした。

「はっはっは! 心配して損をしたわ! やはり俺の直感は正しかった。あのケイリーという男は、世界から指名手配されるような大罪人に違いない! だから殺しても罪にならなかったのだ! ……ちりとなって消えてくれて、せいせいしたわ!」

一方その頃、地上の避難キャンプ。

「はいよ! おじさん、米俵三袋持ってきたぜ!」

ケイリー君が片手で軽々と米袋を担ぎ、満面の笑みを浮かべていた。

「へへっ、この手伝いが終わったら、モンスターの歯を見せてもらう許可をもらうんだ。きっとカッコいいんだろうな!」

ケイリー君は微塵も知らなかった。地下では、自分が「大罪人」として、そして「死んでよかった存在」として語られていることを。


申し訳ありません…この物語は今後は続きません。再開時期は未定です。 ただいま休載中.

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