13. 戦場の咆哮と、森の中の「草食み(くさはみ)」事件
「住民を市役所へ避難させろ!」レヴァン・ド・アルビノ様が叫んだ。彼の剣は、魔獣の緑色の返り血で染まっている。「通りに一人も残すな!」
「はっ!」騎士たちはパニックに陥った群衆を誘導する。泣き叫ぶ子供たち、そして老人たちは、街の中心にある最も堅牢な建物――市役所へと必死に走り出した。
その時、一人の兵士が息を切らして駆け寄ってきた。「報告します、街主様! 北東区画にレックスサウルスが出現! セーリア様の部隊が……全滅の危機に瀕しています!」
レヴァン様の顔から血の気が引いた。レックスサウルスは『覚醒段階』の魔獣――アルドリック閣下のような伝説の存在でなければ太刀打ちできない怪物だ。「まずいな! 四人俺に続け、残りはここを死守しろ!」
北東区画の光景は、まさに地獄絵図だった。セーリア様は全身に傷を負い、震えながら立っていた。目の前では、体長十メートルを超えるレックスサウルスが唸り声を上げ、刺だらけの尾で周囲の建物を粉砕している。
「くそっ……あんたたち、生きてる?」地面に倒れ伏す騎士たちにセーリア様が問いかけた。
「あの化け物……俺たちを、もてあそんでやがる……」額から流れる血を拭いながら、ルッツさんが囁いた。「お嬢様、退却を。これは自殺行為です!」
「ダメよ! 私たちの後ろには避難所があるの! 私たちが退けば、あの人たちは食い殺されてしまう!」セーリア様は、震える手で剣を握り直した。「おじい様が来るまで持ちこたえるわ!」
「お嬢様……閣下がトラウマから立ち直れるとは、俺には思えません」ルッツさんは自嘲気味に微笑んだが、それでも立ち上がった。「だがいいでしょう。ここが死に場所なら、せめて騎士として死のう!」
――ドォォォォォン!!
レックスサウルスの尾が地面を叩き、衝撃波が全員を吹き飛ばした。セーリア様は壁に叩きつけられ、息ができず、立ち上がることすら叶わない。レックスサウルスが近づき、その小さな獲物を噛み砕こうと牙の並ぶ顎を開いた。
――ガキィィィィン!!
火花が散った。間一髪で駆けつけたレヴァン様が大剣で怪物の顎を受け止めたのだ。「ルッツ! セーリアを連れてここを離れろ!」
ルッツさんは一刻の猶予も無駄にしなかった。気絶したセーリア様を抱え上げ、全速力で走り去る。レヴァン様は深く息を吸い込み、魔力を爆発させた。「スキル・エレヴァー、発動!」
レヴァン様の全身が青い電光を放つ。力は五倍に跳ね上がるが、スタミナの消費は激しく、心臓は狂ったように鼓動する。彼は跳躍し、レックスサウルスの尾を叩き斬った! 怪物は咆哮し、巨大な翼を羽ばたかせ、猛烈な嵐を巻き起こした。
――ゴォォォォォォッ!!
その突風はあまりに凄まじく、瓦礫が宙を舞った。逃走中だったルッツさんは吹き飛ばされ、腕の中のセーリア様は竜巻にさらわれて空高く舞い上がってしまう。ルッツさん自身も崩落した壁の下敷きになり、意識を失った。
レヴァン様は吹き飛ばされぬよう剣を地面に突き立て、嵐が止むと同時に疾風のごとく飛び出した。――ザシュッ! レックスサウルスの首が鮮やかに切り落とされた。レヴァン様は荒い息をつきながら着地し、ボロボロになった上着を脱ぎ捨てて半裸の状態で立ち尽くした。
「終わったな……」彼は力なく座り込んだ。
「やりましたね、街主様! 一体だけで助かりました!」騎士が叫ぶ。
「ああ……もし二体いたら、俺たちは終わりだ――」
――ズゥゥゥゥゥゥン!!
二体目のレックスサウルスが空から降り立ち、目の前に着地した。レヴァン様の顔は土色に変わった。魔力は底を突き、死の影が目の前まで迫っていた。
【市役所地下の追跡】
その頃、市役所内ではハーランド・ローガン様が避難民の誘導に当たっていた。そこへ、アレックスさんが真っ青な顔で駆け込んできた。
「旦那様……申し訳ありません……ヘンドリック若様が……行方不明です!」
「何だと!?」ハーランド様は危うく剣を落としそうになった。「目を離すなと言っただろうが!」
「申し訳ありません……どうかお裁きを……」アレックスさんが平伏する。
「立て! 跪いている暇などない! 罪を償いたければ、息子を見つけ出せ!」ハーランド様は光り輝く青い翡翠を取り出した。「これを使え。ヘンドリックの翡翠と共鳴する羅針盤だ!」
彼らは翡翠の光を追った。驚いたことに、その光は市役所の奥――暗く長い地下回廊へと続いていた。「嫌な予感がするな」ハーランド様は部隊を率いて、闇の中へと足を踏み入れた。
【ラト第5部隊の悲喜劇】
城壁の外では、ラト第5部隊が全神経を集中させていた。八人のメンバーが魔法陣を形成し、街を襲う魔獣を操る暗示を唱え続けていた。
突如、ラト-52(女性)が腹を押さえた。「リーダー、もう限界……ちょっと用足しに行ってくる!」
「早くしろ! 長引かせるなよ!」リーダーのラト-05が毒づく。
数分後、静寂を切り裂くような悲鳴が上がった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ! 覗き魔よ! 変態がいるわぁぁぁ!
ラト-52が茂みから光の速さで飛び出してきた。問題は、パニックのあまり、ズボンを履き直すのを忘れていたことだ。
――ブッフォォォッ!!
ラト-05を含む男性陣全員が、目の前に広がった「草原のパノラマ」を目撃し、一斉に鼻血を噴き出した。集中力は完膚なきまでに崩壊した。
「バカ、早くズボンを履け!」ラト-05は激しい鼻血を抑えながら叫んだ。
「あ、ああっ! キャーッ!」ラト-52はやっと気づき、顔を真っ赤にして身を隠した。
「手遅れだ! 全てが台無しだ!」リーダーが絶叫する。集中が途切れたことで魔法陣は砕け散り、暗示は解除された。街の中の数千の魔獣は野放しとなり、暴走を始めたのだ。「くそっ……あとは第7部隊がやり遂げるのを祈るしかねえ」
「ごめんなさいリーダー……私のせいで……」ラト-52が羞恥に震えながら呟く。
「気にするな」他のメンバーが、鼻血を拭いながら親指を立てた。「素晴らしいものを見せてもらった……礼を言う!」
「リーダー! 全部あの森で私を覗いていた変態のせいです! 懲らしめてやりましょう!」ラト-52が恨みを込めて叫んだ。
「よし! そのド変態はどこだ!?」ラト-05が鼻息荒く尋ねる。
「そこよ……リーダーの後ろ!」
そこには、ケイリー君が立っていた。彼は黒装束の集団など眼中にない。ただ燃え盛るウェルウィナの街を見つめ、口を大きく開けて感動に震えていた。
「わぁ……すげぇ……本物のモンスターか? めちゃくちゃカッコいいじゃん!」
ケイリー君は、自分が覗き魔扱いされていることも、国際的な暗殺集団に鼻血まみれで囲まれていることにも、これっぽっちも気づいていなかった。
激怒(と鼻血)に燃えるラトの集団を前にしたケイリー君、そして街では二体目のレックスサウルスを前にしたレヴァン様! ケイリーは「変態」の汚名を晴らし、街の中へ辿り着けるのか!?




