封印の真実と、空腹の「怪物」
湿っぽく、澱んだ空気の漂う地下回廊。その暗闇に、『魔界の門』の隙間からどす黒い魔力が漏れ出していた。ラト-07は傲慢な態度で、囚われの身となった若造に、ウェルウィナ市役所の地下に埋もれた忌まわしい歴史を語り始めた。
「五百年前、ここウェルウィナは今のような平穏な人間の街ではなかった。魔王ベリルが支配する、闇の領土だったのだ! かつてここには、大陸全土に恐れられた巨大な魔王城がそびえ立っていた」
ラト-07は芝居がかった口調で続ける。「ベリルの脅威を前に、五つの強大な種族――竜族、エルフ、人間、人魚、そしてドワーフは、己のエゴを捨てて大同盟を結成せざるを得なかった。彼らは全軍を率いてこの城を攻め落とした。だが、皮肉な話を知っているか? 連合軍側は無数の犠牲者を出したというのに、悪魔側は一人として死ななかったのだ!」
ラト-07は低く笑い、言葉を継いだ。
「悪魔軍が優勢だったその時、連合の潜入チームがこの地下室に辿り着いた。彼らは偶然にもこの『魔界の門』を開いてしまったのだ。そして――ドォーン! ベリルを含む全ての悪魔は、まるで排水溝に吸い込まれるゴミのように、門の中へと引きずり込まれた。生き残った連合軍は、持ちうる最強の魔力でこの門を封印し、城を破壊した。その秘密を隠蔽するために、その上に市役所を建てたというわけだ」
彼はヘンドリック様を冷ややかに見つめた。「人間がこの場所の管理を任されたのは、他の種族にそれぞれの事情があったからだ。人魚は陸では生きられず、竜族は冬を嫌って熱帯で眠るのを好み、エルフは森を恋しがり、ドワーフは穴掘りに没頭した。……そして、今に至る」
「はいはい、わかったよ。随分と長いおとぎ話だな」
石柱に固く縛り付けられたヘンドリック様が、その言葉を遮った。内心では心臓が激しく脈打っているが、顔には退屈そうな表情を浮かべている。「悪魔なんて存在しない。あんたたち、いい大人だろ? そんな寝物語を信じて、こんな犯罪行為を正当化しようっていうのか?」
「これがおとぎ話だと言うなら、目の前にあるこの複雑な封印が施された古代の門をどう説明するつもりだ!?」
ラト-07が激昂し、怒りで首の筋を浮き上がらせた。
ヘンドリック様は鼻で笑った。「ふん……馬鹿だな。そんなもん、俺をビビらせるためにあんたたちが用意したデコレーションだろ。努力は認めるが、俺はあんたたちが思うほど間抜けじゃないぞ」
「本物だと言っているだろうが! なぜそんなに強情なんだ!?」
爆発寸前のラト-07の肩を、アルヴィン(ラト-71)が叩いてなだめた。
「やめてください頭。こいつは自分勝手な理屈しか通じない男だ。自分のこと以外、何も信じやしませんよ」
アルヴィンは冷ややかに言い放つと、ヘンドリック様に歩み寄った。
「それでアルヴィン……いや、ラト-71。この偉大なる俺様を捕まえて、一体何を企んでいるんだ?」
ヘンドリック様の皮肉な問いに、アルヴィンの我慢が限界を迎えた。彼はヘンドリック様の胸ぐらをつかみ、感情を爆発させた。
「『偉大なる』ヘンドリック様だと!? 僕は復讐したいだけだ! 穏便にこの門を調査するために学園に潜入したのに、貴様が僕の人生をめちゃくちゃにしたんだ! 毎日毎日、理由もなく貴様に殴られる僕の身にもなってみろ! どんなに惨めで、屈辱的な日々だったか解るか!?」
アルヴィンがぶちまけた悲痛な叫びに、意外と感受性が豊かな他のラトのメンバーたちは、学園での彼の不遇な境遇に同情し、涙を浮かべた。
「僕の任務が一番楽だと思っていたのに、貴様のせいで地獄に変わったんだ! 我慢できなくなった僕は、仲間に命じて貴様を学園の森のレッドゾーンに拉致させた……なのに、貴様が無傷で戻ってくるなんて、今でも信じられないよ!」
「お……? 俺をあの檻に閉じ込めたのは貴様だったのか! この恩知らずめ!」
ヘンドリック様が鋭く睨みつけると、数ヶ月間のトラウマが蘇ったのか、アルヴィンは本能的に後ずさりした。
「アルヴィン、俺を殺してタダで済むと思っているのか?」ヘンドリック様が卑屈に笑う。「学園は半年に一度の検査を行っている。俺が死ねば、貴様には『犯罪者』の称号が刻まれ、どこへも逃げられなくなるぞ」
「誰が貴様を殺すと言った?」
アルヴィンは、封印解除の呪文を唱え続けている魔術師、ラト-76を指差した。「門が開いた瞬間、貴様をその中へ放り込む。それが悪魔を呼び戻すための『生贄の血』の儀式だ。貴様は中で悪魔に生きたまま食われ、僕たちの手は汚れない!」
「悪魔の復活によって世界が崩壊すれば、称号システムなど無意味になるのだよ、ヘンドリック! ははは!」
ラト-07たちの狂気じみた笑い声に、ヘンドリック様はついに冷や汗を流し始めた。
「まだ開かないのか!?」ラト-07が焦燥に駆られて魔術師に問う。
「やってます、頭! 封印が強固すぎて……ですが、あと少し……!」
ラト-76が汗だくで答える。
「急げ! 日が昇れば外の魔獣を操る暗示が解け、奴らは逃げ出し、我らの居場所が露呈してしまう!」
その頃、ウェルウィナの街はまさに地獄と化していた。数千もの低級モンスターが絶え間なく押し寄せ、住民を無差別に襲っている。騎士や冒険者たちは、あまりの数の多さに疲弊し、死に物狂いで戦っていた。
「セーリアお嬢様、少し休んでください! 残りは我々が食い止めます!」
襲いかかる魔獣を斬り伏せながら、ルッツさんが叫んだ。
「いいえ! まだ戦えます!」
セーリア様は叫び返したが、その体は激しく震え、呼吸は絶え絶えだった。それでも彼女は、鋼のような意志を瞳に宿し、自らを奮い立たせる。
「セーリア様……」
その気高い精神に胸を打たれながらも、ルッツさんは剣を振るう。「承知いたしました! 最後までお供いたします!」
――ドォォォォォン!!
突如、大地が激しく揺れた。破壊された城壁の上に、黒い翼を持つ巨大な怪物が姿を現した。竜に似ているが、その体格はティラノサウルスのようにより凶暴で荒々しい。
「……竜なの!?」セーリア様が顔を強張らせて見上げる。
「違います、お嬢様! あれは覚醒段階の魔獣、レックスサウルスだ! 竜の天敵とも呼ばれる怪物です!」
ルッツさんの声が恐怖で震える。「まずい……あれに対抗できるのは、アルドリック閣下だけだ!」
一方、東の村。木の上で眠っていたケイリー君は、街の爆発音よりも大きな腹の虫の音で目を覚ました。
「……腹減ったなぁ」
木から降りると、村人たちが村長の家に集まり、パニックに陥っているのが見えた。好奇心に駆られた彼は、人混みに紛れ込む。
「ちょっと、あんた!」
リリアちゃんがツンとした顔で詰め寄ってきた。「ここで何してるのよ? あんたは村の人じゃないでしょ、出ていって!」
「あ……昼間のこと、まだ怒ってるのか? 悪かったよ」
ケイリー君は、また叩かれないよう愛想よく振る舞った。
「許してあげないんだから!」リリアちゃんは傲慢に腕を組んだ。
「よしなさいリリア。今は非常事態だ、彼も一緒に避難させよう」
祖父のパーカーさんが割って入った。ケイリー君はその重苦しい雰囲気に首を傾げる。
「一体何があったんです? 皆さん、まるで世界の終わりみたいな顔をして」
「魔獣たちがウェルウィナを襲っているんだ! 街は完全に包囲されている!」
パーカーさんが震える声で説明した。
「魔獣」という言葉を聞いた瞬間、ケイリー君の瞳が宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝き出した。彼は何も言わず、即座に踵を返すと、猛烈な勢いで街の方角へと走り出した。
「おい! どこへ行くんだ!? そっちは危険だぞ!」
パーカーさんがパニックで叫ぶ。
「死ぬほど危険なんだからね!」リリアちゃんも続く。
「知るかよ! 本物のモンスターを見てみたいんだ!」
ケイリー君は歓喜の声を上げて笑いながら、好奇心を満たすために災厄の中心地へと突き進んでいった。村人たちは、ただ呆然と、死地へ向かって走っていく「狂人」の背中を見送るしかなかった。




