ウェルウィナ陥落の序曲 ― 裏切りの地下回廊
ウェルウィナの街、東の城壁。時刻は深夜。
「ふわぁ……っ」
一人の衛兵が、涙が出るほど大きなあくびをした。彼は城壁の縁に相棒と並んで座り、重い瞼をこすった。
「悪い、少しだけ寝かせてくれ。もう限界だ。後は頼んだぞ」
「ああ、気にするな。この街はここ十年平和そのものだからな。ゆっくり寝ろ、次は俺の番だ」
相棒の衛兵は気楽に答えた。しかし、彼が城壁の外の暗闇に目を向けた瞬間、心臓が跳ね上がった。漆黒の森の奥から、数百もの赤い眼光がこちらを凝視していたのだ。
「なんだ……あれは? おい! 起きろ! 起きろッ! 敵襲だぁぁぁ!」
「なんだと!? 非常ベルを鳴らせ!」
――カーン! カーン! カーン!
警鐘の音が静寂を切り裂いた。東門の兵士たちはパニックに陥り、慌てて弓や槍を手に取った。
「急げ! レヴァン街主様とアルドリック様に報告だ! すぐに応援が必要だ!」
守備隊長が怒号を飛ばす。
街主レヴァン・ド・アルビノ様は即座に馬を駆り、最前線へと向かった。しかし、かつての英雄アルドリック様は、今や罪悪感という名のトラウマに打ちひしがれ、寝床で力なく横たわっている。その祖父に代わり、銀の鎧を纏ったセーリア様が戦地へと赴いた。
だが、彼らは遅すぎた。城壁は異常なまでの怪力によって、既に食い破られていたのだ。
「セーリア! 街の中へ向かえ! 騎士団と共に、侵入した魔獣を掃討するんだ!」
魔狼を斬り伏せながら、レヴァン様が叫んだ。
「承知いたしました!」
セーリア様は即座に居住区へと向かった。その後ろを、ルッツさんが緊張した面持ちで追う。
「お嬢様、この魔獣どもは妙です。動きが統率されすぎている……まるで誰かに操られているようだ。アルドリック様が伏せっているのを、奴らは知っているに違いありません!」
「無駄口を叩かないで、ルッツ! 今は民を救うことに集中しなさい!」
セーリア様は答えたが、その心は不安で押しつぶされそうだった。
【市役所への侵入】
一方、その報告はラト-07の耳に届いていた。
「頭、東の城壁が突破されました。レヴァンとセーリアは前線に釣り出されています」
ラト-77が報告する。
「上出来だ。さて、パーティーを始めようか」
ラト-07は仮面の裏でニヤリと笑った。「市役所の守りなど、今は雑魚騎士ばかりだ。行くぞ!」
わずか数分のうちに、ラトの一団は音もなく市役所の守衛を無力化した。ラト-07は、熟知しているかのように迷いなく廊下を進む。
「こっちだ。レヴァンにはこの階段のことを何度も聞いたが、あの馬鹿は『ただの古い資料庫だ』と言い張っていた場所だよ」
彼らは埃っぽい地下室へと続く階段を降りた。棚には古びて黄ばんだ書類が並んでおり、一見すると無価値な空間に見える。
「ちっ、本当にただの倉庫じゃねえか」メンバーの一人が毒づく。
「頭、見てください! 棚の裏に隠しギミックを見つけました!」
ラト-02が声を上げた。
「よし! この先に『魔界の門』がある!」
ラト-07が隠し扉を蹴り開けると、そこには長く暗い地下回廊が続いていた。「……ところで、ラト-71はどうした? さっきから姿が見えないが」
「奴なら『特別任務』を遂行中ですよ、頭」ラト-74が狡猾な笑みを浮かべて答えた。
【ヘンドリック・ローガンの英雄的(?)活躍】
街の通りでは、混沌が支配していた。
「あああ! お願い、この子だけは殺さないで!」
低級モンスターが襲いかかろうとしたその時、母親が悲鳴を上げた。
――ガキィィィンッ!
巨大な剣が魔獣の爪を弾き飛ばし、火花が散った。
「早くその子を連れて逃げろ!」
叫んだのは、ヘンドリック・ローガン様だ。彼は過剰なまでにドラマチックなポーズを決め、魔獣を押し返した。
「ちっ! 低級モンスター風情が、このウェルウィナを汚すなど万死に値する! この『偉大なるヘンドリック』がいる限り、貴様らに勝機はない! 魔王猪ですら、俺の目を見ただけで震え上がるのだからな!」
「ヘンドリック若様、気をつけてください! 何かおかしいです。普段は臆病なはずの低級種が、なぜこれほど好戦的なのですか?」
ローガン家の騎士、アレックスさんが尋ねた。
「俺も感じている……。本来、高位の魔獣ですら俺のオーラを見れば尻尾を巻いて逃げ出すはずなのだがな!」
ヘンドリック様は自信満々に答えた(かつて魔獣が逃げたのは、背後にいたケイリー君のせいだとは露ほども知らずに)。
「貴様らは他の民を助けに行け! この程度のゴミ掃除、俺一人で十分だ!」
ヘンドリック様は孤軍奮闘した。スタイル重視で少しぎこちない剣筋ながらも、スタミナを削りながら数体の魔獣を仕留めていく。
「はぁ……はぁ……まさか、雑魚の分際でここまで俺を疲れさせるとは」
「た、助けてくれぇぇぇ!」
青ざめた顔で一人の男が駆け寄ってきた。
「アルヴィン・ロバート君か? 相変わらず弱虫だな!」
ヘンドリック様は毒づきながらも、アルヴィンを追ってきた魔獣を真っ向から切り伏せた。「怪我はないか?」
ヘンドリック様はアルヴィンをいじめるのが趣味だが、その根底にあるのは騎士の魂だ。仲間が食われるのを黙って見過ごすような男ではない。
「ありがとうございます、ヘンドリック様! ありがとうございます!」アルヴィンは激しく震えていた。
「当然だ! だが妙だな、なぜこんな端役のモンスターに手も足も出ないのだ?」
「そ、そんなことより大変なんです!」アルヴィンが街の中心部を指差した。「魔獣たちが市役所に入っていくのを見ました! 偉大なるヘンドリック様、あそこへ行きましょう! 奴ら、何かを盗もうとしているに違いありません!」
「何だと!? 盗賊まがいの真似を……行くぞ、アルヴィン! 叩きのめしてやる!」
ヘンドリック様は先陣を切り、市役所の前にいた二体の魔獣を瞬殺すると、アルヴィンと共に中へ飛び込んだ。
静まり返った館内を探索していると、アルヴィンが地下階段を指差した。「見てください、階段があります!」
二人は階段を降り、長い回廊を進み、やがて行き止まりの扉に辿り着いた。そこには、封印の呪文が刻まれた巨大な門があったが、扉には虫が通れるほどの小さな亀裂が入っていた。そしてその門の前には、黒装束の集団が待ち構えていたのだ。
「貴様ら、何者だ!?」
ヘンドリック様は剣を抜き放ち、凛々しい声で叫んだ。「ここで何をしている? アルヴィン……早く逃げろ! 街主様に報告するんだ! 急げッ!」
ヘンドリック様は、周囲の空気が一変したことに気づいた。目の前の者たちは魔獣ではない。だが、それよりも遥かに危険なオーラを放つ人間たちだ。
「ほう……待ち望んでいた『材料』が、向こうからやってくるとはな」
ラト-07の声が冷たく響き、ヘンドリック様の背筋に凍りつくような戦慄が走った。「よくやった、ラト-71。実に見事な『獲物』を連れてきたな」
「お褒めに預かり光栄です、頭。これが私の務めですから」
アルヴィン・ロバートの声は、先ほどまでの震えが嘘のように冷静で冷徹だった。その顔からは恐怖が消え、卑屈な笑みが浮かんでいる。
ヘンドリック様は凍りついた。剣を握る手が、激しく震え出す。
「アルヴィン……貴様……ラト-71、だと……?」
ヘンドリック様は、地下の死の罠に完全に嵌まってしまった! たった一人でラトの一団に囲まれた彼の運命やいかに!?




