ユラの選んだ場所
実際のところ、ユラの部屋は完璧に整えられていた。
彼女が暮らしていたワンルームのように、優しい色合いの家具で揃えられている。
ーーレイめ。何が、“準備が終わってない”よ!
「どう?気に入ってもらえたかな」
隣に立つレイが、ユラの顔を覗き込む。
朝の光の中のレイも、相変わらず麗しい。
気恥ずかしくて、ユラは目を逸らした。
「……控えめに言って、最高です」
「良かった」
レイは満足そうに微笑んだ。
あそこにある扉が、レイの部屋に直通とか、
それって王太子夫人の部屋なのでは?とか……
今は、考えないことにした。
それから、数日。
ユラは、まだこの場所に慣れないでいた。
煌びやかで広い廊下。触れるものはどれも上等で。
丁寧に頭を下げる侍女たちにも気後れする。
自分がここにいていいのか、ふとした瞬間にわからなくなる。
それでも部屋の窓から見える王都は、
どこかヨーロッパの街並みに似ていて、心が浮き立つ。
夜の訪問だけでは見られなかったものを、
もっと見てみたいと思った。
背後で扉が開く。
「ユラ」
振り返ると、レイがいた。
その顔を見るだけで、ほっとする。
「……大丈夫?」
「うん。大丈夫、だと思う」
曖昧な答えに、レイは小さく笑った。
「ごめん。ずっとそばにいられなくて」
「文字を練習していたの?」
レイの視線は、机の上の紙に注がれていた。
「うん……できるとこからやろうと思って。マナーの本も、まだ読めないし」
レイは、優しく目を細めた。
「そんなに、焦らなくていいよ。ユラらしくいてくれた方が、僕は嬉しい」
そう言って、自然に手を差し出す。
そばにいると、伝えるように。
「……ありがとう」
頑張る気は、あるんだけど。
なかなか、上手くはいかない。
ユラは少しだけ迷ってから、その手を取った。
温かい。
この場所を、選んだんだ。
ユラは、萎れかけた心に、また優しい火が灯るような気がした。
「父上と母上に、会ってほしいんだ」
「……え?」
思わず後ずさる。
「も、もう?!」
避けては通れないと思ってたけども!
「大丈夫。堅苦しい場じゃないよ」
そう言いながらも、レイの表情はいつもより少しだけ真剣だった。
通されたのは、広間ではなく、落ち着いた雰囲気の応接室。
控えていた人々が静かに一礼し、部屋を出ていく。
扉が閉まると、空気が少しだけやわらいだ。
そこにいたのは、この国の王と王妃。
けれど、想像していたような圧はなかった。
「そう固くならなくていい」
穏やかな声で、王が言う。
王妃はやわらかく微笑んだ。
レイに似た、美しい人だった。
「あなたが、ユラさんね」
ユラは慌てて頭を下げる。
「は、はい……あの、ユラ・オガワと申します」
言葉がうまく出てこない。
そんなユラを見て、王妃はくすりと笑った。
「レイから、少し聞いたわ。……不思議な縁ね」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
それは、ユラが恐れていたようなものではなく、
ただ彼女自身を知ろうとするような、
穏やかな時間だった。
王妃は、少しだけ姿勢を正して言った。
「レイニアスは、幼い頃から自慢の息子だった」
優しい声。
「私たちは……それに甘え過ぎたのかもしれないわね」
ほんのわずかに、目を伏せる。
「今のあなたは、ちゃんと自分で選んでいる」
「だから……あなたが、心から愛する人に出会えて、本当に良かった」
レイが視線を落とす。
「……誰にも心配をかけないように生きてきたつもりでした」
静かな声だった。
「それが、正しいと思っていた」
少し間が空く。
「でも……」
「一人ではなかった」
少しだけ、目を伏せる。
「……気づかなかった自分が、少し恥ずかしい」
王は、わずかに目を細めた。
「それでいい」
「だが、選択には責任を持て」
短い言葉だった。
レイは、小さく頷く。
その表情は、どこか少しだけ軽くなっていた。
ユラは、そのやり取りを静かに見ていた。
口には出せなくても、
ちゃんと想っている人がいる。
それに気づいたレイの表情は、
前よりも少しだけ柔らかかった。
——もし、こんな風に向き合っていたら。
自分も、何か変えられたのかもしれない。
部屋を出たあと。
ユラはそっとレイの手を握る。
レイが少し驚いたように、ユラを見る。
「……いいご両親だね」
ユラの言葉に、レイは少しだけ笑った。
「ああ。……そうだね」
一人の部屋に戻った後。
ユラは、一枚の写真を取り出す。
しばらく見つめてから、
小さく、息をつく。
そっと、引き出しの奥にしまった。




