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うちの王子に、夜な夜な異界の女が通って来る 〜だいたい俺のおかげ〜  作者: ダレモール
8章 覚悟の王子と約束の月
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スーパームーンの夜




あれから、二ヶ月。


鏡は一度も光らなかった。


最初の数日、ユラは毎晩のように石を見つめていた。

もしかしたら、また光るんじゃないかと思って。


けれど何日待っても、何も起こらない。


やがて、石を見るのをやめた。


仕事は相変わらず忙しくて、気づけば毎日が過ぎていく。


ふとした時、職場で元彼の姿を見かけることもあった。


でも、不思議と何も感じなかった。




——きっと。


レイと過ごした日々があったからだ。




それでも。


夜になると、部屋はやけに静かだった。


ベッドに転がって、スマホを開く。


あの日の、桜の写真。


満開の桜の下で、笑顔のユラと、不自然な余白。


彼は、この世界にはいない。


記録にも残らない。



食欲もあまりなくて、眠れない夜も増えた。



彼に会えない毎日は、

ただ上辺を撫でるように過ぎていく。




そうして、いつの間にか

月が苦手になっていた。


見上げるたびに、思い出してしまうから。






テレビからは、ニュース番組が流れている。

「………今夜は珍しいスーパームーンで……関東の今夜の天気は所により……」




「スーパームーン、か……」

キーボードを打つ手が止まった。

窓の外は、もう薄暗い。

そろそろ、月が上ってくるのだろうか。


彼と会うのはいつも月夜で。

穏やかな彼の笑顔も、優しい声も、彼のイメージは全て月にたどり着く。



「迎えに行く」と、彼は言った。

信じたい。

でもーーーやっぱり、来れるはずない。

彼の背負うものは大きすぎる。



ユラは頭を振って気持ちを切り替えると、仕事を再開した。




ふと、鏡の石が眩く光り始めた。


ユラは思わず立ち上がる。


嘘だ。


もう光るわけない。

だってもう鏡は繋がらないのにーーー



戸惑っていると、今度は背後から紫の閃光が走った。



「ユラ」



懐かしい声がする。

反射的に振り返る。

目の前に、レイが立っていた。

彼は、嬉しそうに微笑む。


言葉が出ない。


レイは、そのままユラをきつく抱きしめた。



「会いたかった」



「………ほんとに、レイ?」


ちゃんと確かめたくて、ぎゅっと抱きつく。


「うん……本物だよ。

迎えに来た。全部、片付けて」



知っている温もり。

何度も思い出しては、切なくなった。



「……おそいよ……」


声が震える。


「うん……ごめんね」


レイのたくましい腕が、背中を撫でた。

今までのユラの寂しさを労るように。



「レイ。……来てくれてありがとう」





涙が落ち着いてユラがふと目を開けると、レイの足元が目に入った。


土足。


そのまま目線を上げる。


白と銀を基調とした、王子の式典服姿の完璧なレイ。


その向こうには、ユラの部屋のカーテンと、そこから覗く月夜の東京。


「………っ!!」

ユラは思わず吹き出した。


「ユラ?」


「ちょっと、待って…!

……東京をバックにガチ王子…違和感がすごすぎる……」



戸惑ったように瞬きをして、レイは首を傾げた。

その様子も美しすぎて、また笑いが込み上げる。



「そんなに、おかしい?……僕なりに……正装で気合を入れてきたんだけど……」



困り顔のレイが指先で頬をかく。

かわいい。


ユラは微笑んだ。


「ううん。ものすごく、かっこいいよ」


レイはあの時、否定したけど……

東京を背にしてたって、やっぱりレイは

私の月の王子様だ。


レイはユラの言葉に優しく目を細めた。




そして、ゆっくりとユラの部屋に視線を巡らせ。


「ユラ。君は……ここで、生きてきたんだよね。」


彼女の瞳を見つめた。


「僕と一緒に来ることを選べば、

ユラはたくさんのものを手放すことになる。

それは、よくわかってる。………それでも」


レイは一度言葉を止めて、ユラの手をそっと持ち上げ、包むように握った。


「ユラは、言ってくれただろう。

心から笑っていてって。

僕が、僕らしくいられるのは君の隣だ。

だから……僕と一緒に、生きてほしい」


ユラの胸には熱い思いが込み上げて、雫となって、溢れていった。


「うん。私も、レイと生きたい」


レイは、ユラの頬を伝う涙をそっと指で拭った。

ユラを見つめる彼の瞳は、甘く滲んでいる。


「ユラ、ありがとう」

「君が失うもの以上に、幸せにしてみせるから」


ユラは少し笑って、レイの手をしっかりと握り返した。


「……ううん、違うよ。」


レイの澄んだ目を見つめる。

彼は、一瞬だけ戸惑ったように瞬いた。



「レイだけが頑張らなくていい。

2人で、幸せになるんだよ」



レイは、今まででいちばん幸せそうに笑っていた。


その笑顔のまま、ユラの頬にそっと手を添える。


「……ユラ」


甘く滲んだ瞳で、まっすぐ見つめる。


まるで、夢じゃないか確かめるみたいに。


ユラは、息を止めた。


ゆっくりと顔が近づく。


長い睫毛が影を落とし、整った顔立ちがすぐ目の前に迫る。


ユラの心臓が大きく跳ねた。


次の瞬間。


柔らかな唇が、そっと重なる。


優しくて、けれどどこか必死なキスだった。


長い時間を埋めるように。


やがて唇が離れると、レイは少しだけ照れたように笑う。


「……やっと、できた」






「………ユラ、荷物はそれだけでいいの?」


少しの衣服と、家族の写真。

充電が切れたら、ただの文鎮だけど、一応スマホ。


「うん。あとは………必要ないから」


「鏡は、道標だから持っていけなくて。ごめんね」


「気にしないで。レイと出会わせてくれただけで、十分だよ」


ユラは最後に、部屋を見渡した。


そして、



「さ!行こう」



レイに向き直る。


全ての迷いを振り切るように、その目はまっすぐだった。


レイは頷き、そっとユラを抱き上げた。


「え?!なんでお姫様抱っこなの?!」


「途中で逸れたりしたら大変だからね」


「くっついておけば大丈夫じゃないの?!」


レイはイタズラっぽい表情で囁く。



「そうだけど……僕がこうしたいから」



ユラが固まっている間に、

レイは目を閉じて意識を集中させる。



目指すは、エリオンの待つ月光石の場所。



レイから溢れた魔力が彼の髪を靡かせる。


その幻想的な姿を、ユラは一番近くで見ていた。





二人の姿が消えたワンルーム。

東京の満月だけが、静かに鏡に映っていた。



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