華麗な退場
柔らかな午後の日差しが、庭園を包んでいた。
手入れの行き届いた花々が風に揺れ、淡い香りが漂っている。
木々の間を抜ける風が、静かに葉を鳴らした。
レイとクリスティナ皇女は、人目を避けるように小道の奥で向き合っていた。
レイは一度、息を整える。
「クリスティナ皇女。――お時間をいただき、ありがとうございます」
その声音は穏やかだった。
けれど、その奥に確かな決意があった。
「今回の件ですが」
一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
「……この縁談を、お受けすることはできません」
風が、やわらかく吹き抜けた。
姫は驚く様子もなく、ただ静かにレイを見つめていた。
そして――
ふっと、いたずらを思いついたように微笑む。
「……思う方がいらっしゃるのね」
レイは目を見開く。
「……え?」
姫はくすりと笑った。
「殿下、ご存知ない?女性はこういうことには、とても感が鋭いんですよ」
責める色のない、やわらかな声音。
レイは苦笑する。
「……隠していたつもりだったんだが」
「ええ。きっと他の方にはわからないと思います」
姫は風に揺れる花へと視線を落とし、続けた。
「でも、私は気づいてしまいました」
あの夜を思い出すように、少しだけ目を細める。
「踊っている時に」
そして、ふっと表情を緩めた。
「それに……私、これでも紳士には人気があるんですよ」
冗談めかした口調で言いながらも、その瞳はまっすぐだった。
「踊っている最中に、あんなふうに気を逸らされたのは初めてです」
「……その時に、わかりました」
レイは静かに目を伏せる。
「……申し訳ない」
姫はゆるやかに首を振った。
「いいえ」
そして、やわらかく微笑む。
「でも、素敵な思い出になりました」
風が二人の間を通り抜け、花びらがひとつ、足元に落ちる。
「どうぞ、その方とお幸せになってくださいね」
その言葉は、どこまでも澄んでいた。
レイはゆっくりと頷く。
「……ありがとう、クリスティナ皇女」
しばらくの間、二人は何も言わなかった。
ただ、穏やかな風と光の中で、静かに立っていた。
それは、別れというよりも。
互いの道を認め合う、
やさしい区切りだった。
その後、姫は使節団とともに国へと戻っていった。
その道中。
護衛を務める魔術師団副団長の姿に、
姫はふと目を留める。
整った横顔に、どこか余裕のある佇まい。
「……まあ」
小さく、楽しげに微笑んだ。
それはまた、別の話。




