最後の精霊楽器 7
さてと……、腰に手を当ててため息を吐いてから、気持ちを切り替える。
不思議な森の中をかわいい弟のレンと手を繋いで慎重に歩いていた……はず。
気が付いたら、レンと結ばれた手は放れていて、前後を歩いていた仲間たちの姿は見えなかった。
あと……光の森と呼ばれるわりには深くて暗い森だったのに、いまはまさに光溢れる森と化している。
「…………僕だけか?」
僕たちをここに連れてきたのは闇の上級精霊ダイアナで、目的は最後の精霊楽器を見つけること。
精霊楽器に必要な人材は、まず精霊の契約者であること。
これは、光の上級精霊と共にダイアナが連れてくる予定だった。
あとは、その精霊楽器の形を変えるべくレンの力が必要だ。
つまり、僕だけが光の森へと誘われた理由がわからない。
もしかして、僕がひっそりと狙っていた「精霊の契約者になる」ことが、ダイアナにバレていたのかな?
ここで立ち止まっていてもしょうがない。
僕は光差し緑鮮やかな森の奥へと進むことにした。
ちょっぴり、離れ離れになってしまったレンのことを心配しながら。
でも、白銀や紫紺が一緒だから、大丈夫だよね?
何かに導かれるまま、森の中を進むと、真っ白な神殿らしき建物が見えてきた。
「あそこに呼ばれているのかな?」
当初の暗い森だったら、一人で歩き回るのに躊躇するところだったろう。
なにせ、この森は精霊と一緒でなければ、立ち入る者を妖精に変えてしまうという曰く付きなのだから。
……知らないうちに、いつも僕の髪をひと房握って肩にいる水妖精のチロまで姿を消してしまっていたし……下手したら僕は妖精に変わってしまうのだけど?
目に映る風景は爽やかで、頬を撫でる風は柔らかい。
ほんのりと柑橘の匂いがして、足元には咲いている花が揺れている。
そして……。
「やっぱり……ダイアナ。君が呼んでいたんだね?」
「あら、ヒュー。遅かったわね」
神殿の前で黒いドレスに身を包んだ妖艶な女性が立っていた。
長い黒髪を掻き上げ、真っ赤な唇でニィッと意味深に笑う、闇の上級精霊ダイアナ。
「さぁ、中に入って。話したいことがあるのよ、貴方にだけに」
「……白銀たちと離したのはともかく、レンとアリスターは一緒でもよかったのでは?」
僕はダイアナに不満を表すため、片眉を上げて冷たく言い放つ。
「フェンリルたちには意地悪したけど、あの獣人の子は精霊の契約者としての試練よ。レンは……かわいそうだけど」
「……ん?」
ちょっと待て。
いま、僕は大変な事実を知ってしまった気がする。
ダイアナの口ぶりだと、アリスターは契約者の試練があり単独行動で、白銀たちには意地悪として森のどこかに移動させたとする。
じゃあ、レンは?
レンがかわいそうって……まさか、この光の森とは名ばかりの暗い陰鬱として森の中でひとりぼっち?
「うそだろっ! ダイアナ、お前、レンを一人で放り出したのか?」
ダダーッとダイアナに走り寄り、その腕を強く掴んで怒鳴る。
「……大丈夫よ、森の精霊たちが見守ってるわ」
クスクスと楽しそうに笑うと、自分の腕を掴んだ僕の手をやんわりと外し、そのままエスコートするように手を差し伸べられた。
「ヒュー。貴方には大事な役目があるの」
「僕に?」
むしろ、このままだと神獣クラウンラビットの封印に置いて行かれると、精霊の契約者になる画策をしていたのに……、その僕に大事な役目だって?
「それは……レンが一緒にいたら聞けない話なのか?」
「いいえ。あの子にはあの子で、ちょっと兄離れしてもらわないと」
「それは、お前が決めることじゃないと思うけど」
まだレンは小さいのだから、僕や母様に甘えていいと思う。
それよりも、本当にこの森にレンはひとりぼっちなのだろうか? 小鳥姿の真紅だけでも一緒にいてほしい。
「あっ、でも、瑠璃や桜花に来てもらえれば……」
レンが首から大事に下げている二枚の鱗に名前を呼びかければ、瑠璃と桜花がレンのところまで転移してくる。
「ダメよ。ここは、精霊界と同じ。別次元といっていい世界。聖獣リヴァイアサン様でも転移はできないわ。ヒューに引っ付いてる水妖精の片割れも入れなかったみたいだし。厄介な神獣エンシェントドラゴンの依代は置いてきてもらったから……ふふふ、レンがいま、ひとりぼっちなのは間違いないわ」
なんてことだ!
「レンはどこにいる? すぐ助けに行ってあげないと!」
「……ダメよ。いいえ、我が君。いまはバカ創造神が創り出した幼子のことは忘れてくださいませ」
神殿の奥、祭壇の前で足を止めたダイアナは、突然僕に向かって跪き頭を下げた。
我が君? それは誰のこと?
「……ダイアナ~? 連れてきたのかい? おやおや、君の主は金ピカで眩しいねぇ」
ふわっと空から降りてきたのは、長い巻き毛の金髪を纏ったキラキラしい男……間延びした喋り方で眠そうな顔をしていた。
なんとなく、ダイアナと対をなすような佇まいに、僕は彼の正体に気づく。
「まさか……光の上級精霊?」
ぼくの声が聞こえたのか、彼はニッコリと優しく微笑んだ。





