最後の精霊楽器 5
未知の森である光の森へ入るのに、先頭は森暮らしの経験がある紫紺で、その後ろにアリスターとディディ、ぼくと手を繋いだ兄様、白銀とその頭の上で眠りこけている真紅の順番に並びました。
「……本当に厄介な森ね。動物たちの気配がないのはまだいいけど、風もなければ木々の息吹も感じられないわ。しかも、ちっとも光らないじゃない!」
ダンッと後ろ足を踏み鳴らして、紫紺は躊躇なくその厄介な森へと進みます。
ぼく……ちょっと怖いから兄様の手をぎゅっと握ってプルプル。
「大丈夫だよ、レン。僕が一緒にいるからね」
兄様がふわっと優しく微笑むと、そこからパァーッと光輝くよう。
「まぶちい」
兄様の笑顔はとっても眩しいです。
「あい!」
大丈夫、大丈夫、白銀も紫紺も一緒だし、兄様と手を繋いでいるし、ここは精霊さんがいる森だもん!
怖いことなんて、なにもなぁーい!
ズンズンとぼくは勇ましく歩きだすのだった……、なぜか、ひとりぼっちで。
「うえっ、にいたまぁ」
おかしいな?
森に入るまでは兄様と手を繋いでいたのに、突然ピュールルーと吹いた風に目を瞑ってパッと開けたら、あらびっくり! 一人で森の中に立っていました。
恐ろしいことに水妖精のチルもいない。
びええぇぇっ、ぼく、ぼく、妖精になっちゃう?
ちょっとパニックになってうわあああっと走りだして、木の根に足を取られてコロリンと転んで、いま呆然としています。
森の中は、真っ暗。
上を見てもわさわさと茂った葉っぱが見えるだけだし、周りを見回しても暗い色の太い幹がどど~んと立っているだけ。
しかも、下をみれば真っ黒な土と濃い緑の苔で……ここはもう闇の森です。
……紫紺に持っていっちゃダメと言われて琥珀人形をお部屋に置いてきたことを後悔しています。
こんなに不安になるときは、何かをぎゅっとしておきたい。
「あ! るりとおうか!」
二人の鱗はちゃんと首からぶら下げているから、二人を呼び出そう。
ダイアナさんから、森に入れる人は指定されていたけど、これはたぶん緊急事態だと思うので!
「すう~っ」
息を吸って、青い鱗とピンクの鱗を手に持ち、大きな声でその名前を呼びましょう。
「る~り~! お~う~か~!」
これで、聖獣リヴァイアサンと聖獣ホーリーサーペントがぼくの前にボワッと煙と共に登場してくれるはずです。
…………。
あれ?
ぼくはコテンと首を傾げた。
いつもなら、名前を呼び終わる前にボワッと白い煙に包まれて……すぐに優しい声で「レン」と名前を呼んでくれるはずなのに?
もしかして聞こえなかった?
「……るり? おーか?」
鱗に顔を近づけて囁くように名前を呼んでも、なんの反応もなし。
嘘でしょ?
「ぼ……ぼく、ひとりぼっちなの?」
森でひとりぼっちは怖い。
シエル様にこの世界に連れてこられたときもひとりだったけど……すぐに白銀と紫紺と出会えた。
ハーヴェイの森は強い魔獣がたくさん出る怖い森だけど、ここの森より日の光は燦々と降り注いで、鮮やかな緑と爽やかな風、小動物が立てるゴソゴソとした音があった。
ここは……。
「くらくて、しずかで……こわい、もり」
転んで座り込んだまま、ぼくはその場から動けずにいた。
誰も助けにきてくれない、ぼくの名前をよんでくれない、闇の森の中でひとりぼっちで。
「あら?」
嘘でしょ?
アタシったら森の中を散策するので気分が上がって早足になってたかしら?
何気なく静かな後ろが気になって振り向けば……誰もいなかった。
アタシの後ろには狼っ子と火のトカゲ、ヒューとレン、バカ犬とアホ鳥がいたはずなのに?
フンフンと辺りの匂いを嗅いでみても、誰の匂いも感じない。
そんなわけ、ないじゃない!
ダンッと足を踏み鳴らして、天に向かって唸る。
「ちょっと、ダイアナ! どうなってんのよ。変なこと考えてるなら、この森焼き尽くすわよ!」
…………。
葉のざわめきも、何かの動揺もない。
自分の周りにボッ、ボッと火の玉を出現させ、グルグルと大きく円を描くように動かす。
火の粉が散って下に落ちても、森に生える下草は燃えない。
「ちっ」
ここは光の森で、精霊の森って言ってたわよね?
つまり、本当の森ではないってこと?
次元まで歪めることができるから、アタシたちとレンたちを引き離すことができた?
この森全体が、チルとチロが作る妖精の輪だとしたら……それぞれが別の精霊界に連れていかれたかもしれない?
「面倒なことをするわね? 何が目的なのよ」
シュンと周りの火の玉を消して、再び天に向かって唸る。
「……いいのよ? 燃やしても。あなた、森を壊すのはお得意でしょう?」
「……っ! だれ?」
姿は見えないし、声も右から? いいえ左から? どちらから聞こえてきたのか把握できなかった。
敵なの?
「そんなに警戒しないで、聖獣レオノワール。森を死の森へと変えダークエルフを滅亡させた美しい黒き獣よ」
アタシは姿の見えない何者かを探るように視線だけで辺りを見回した。
誰もいないし、変な気配もない。
そして……アタシの犯した罪を知っている。
「言い訳だけど……先に小人族に手を出してきたのはダークエルフのほうよ。……やりすぎたのは否定しないわ」
アタシの言葉に、そいつはクスクスとおかしそうに笑った。





