009話 神場雛子は動かない
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「俺がなんで君のこと助けたか分かる?」
気まずい空気で目を背けて下を向いていた神場が、ぴくりと反応。
「教えてくれるんですか?」
顔をこちらに向けないまま、質問を質問で返した。
「良いよ、教えてあげる。頼まれたんだよ、担任にね。しかも、わざわざ内密にって言われたんだ。その様子じゃ、本人にすら伝えてなかったんだろうね」
戸惑う神場に追い打ちを掛ける。
「なんで、そんなことすると思う? 君が理事長の娘だからだよ。それ以上でも、それ以下でもない。君の今の価値は、ただそれだけ」
一番聞きたくない言葉。
みんなが口にしないだけで、みんなが思っている言葉。
否定しようにも、否定出来ない。
事実だから。現実だから。知っているから。知っていたから。
彼女はどうしようもなく行き場のない怒りを胸に、立ち上がり、武器を手に取り、震えながら俺と向かい合った。
真面目過ぎる。
ここで何も言わずに心臓を突き刺す狡猾さがあれば。
そうでなくても、何かしら不意を突ける攻撃が出来れば。
「で? 君は、その刃にどんな思いを乗せているの?」
「私は……ただ、勇者に憧れて」
「本当に残念だよ。だから、君は神場という名から抜け出せない。憧れるだけで終わる人間がここにいるのが、……まず間違いなんだ」
俺も彼女に合わせて立ち上がり、短剣を手に取る。
ただし、まともに戦ったりはしない。
短剣は鞘に収まったまま。
ダメージが減少してしまうし、鈍器判定となって相手に出血を負わせられないという欠点がある。
今の彼女には、このくらいのハンデがあっても全然足りない。
それでも心を折るには十分だ。
「どうしたの? 武器を向けたんだ。戦う覚悟は出来たんだよね?」
「うわぁーーー!!!」
慣れていない叫び声を上げながら、両手で剣を構えて走り出す。
視線は攻撃しようとしている俺の心臓だけを注視している。
故に、四方八方隙だらけ。
自分の攻撃を当てることに集中力を使い過ぎだ。
敢えて、真正面で受ける。
スキルを一切使わない防御。
一歩も動いてすらいない。
動かすに値しない。
「次の攻撃を考えてないから、動きが鈍る。防がれた時のことは常に考えておくべきだと思うよ」
「余計なお世話です! 雨神さんには関係ないでしょ!」
人の親切なアドバイスを真摯に受け止められないらしい。
相手に挑発されて感情的になるのは構わないが、その先にあるのは敗北の二文字だけだ。
神場が一度距離を取った。
ワンテンポ遅れて、次の攻撃を仕掛ける。
「私は本気なんです! だから、ここで貴方を倒す! 『スラッシュ』!」
「面白い冗談だね。スラッシュの仕様も把握出来てないのに俺を倒せるの?」
「なぁ!? 馬鹿にしてるんですか!」
本人は分かっているつもりでも、理解度は明らかに足りていない。
公式のスキル説明欄なんてあってないようなもの。
有志が情報をまとめた非公式の攻略サイトの情報を、暗唱出来るようになって初めて知っていると言える。
スラッシュは十メートルの直線上に、通常攻撃を1.1倍した威力の斬撃を飛ばす。
それだけ聞けば、使い勝手の良い万能なスキルだ。
だけど、10ptで使えるのにはそれなりの理由がある。
またしても全く動かず、真正面からスラッシュを受け止めた。
神場は驚いているけれど、こんなの上位帯では当たり前の光景だ。
攻撃に攻撃を。
一定の威力で迎え撃てば、簡単に相殺される。
ましてや、スラッシュの倍率は1.1倍。
STRが少しでも上なら通常攻撃で相殺が可能。
公式の説明欄だけであれば、倍率も相殺出来ることも明かされていない。
プレイしていれば、感覚的に理解することもあるだろう。
しかし、感覚というのは曖昧で、いずれ自分の足をすくわれる。
誰にどう聞かれても説明出来る解像度。
必要なのはそれだ。
「なんでなんですか! あの時、助けてくれたのに! なんで私をいじめてくるんですか!」
「他責思考だね、それは。君の上達を妨げる。甘やかされて育ったのが丸わかりだ。なんの苦労もしてこなかったんだろうね。言葉の節々に感じるんだよ。自分のせいじゃないって叫びが」
「そんなこと……」
ないとは言い切れないのが、何よりの証拠。
「今はそんな事より説明が欲しいです!」
「俺がやってるのは指導だよ。わざわざ試合中の時間を使ってね。君は盗み見るべきだった。同じソロの人間から、ソロとして戦う方法を」
「そんなの無理です! ソロで勝つなんて無理なんです! ……私と雨神さんでは全く話が違うんですよ」
彼女は無理だと拒絶する。
否定は簡単だ。
口にするだけで良い。
たったそれだけで諦めることが出来る。
何も言わず、歩きながら神場に近付く。
必死の抵抗で、スラッシュを何度も放ってくるが当然通用しない。
距離が縮まるにつれて、神場の表情は恐怖に染まる。
圧倒的な実力差。自分を否定する言葉。
もしくは、先の見えない自分の未来を想像して。
瞬きの回数が多くなり、心臓を抑えながら浅い呼吸を繰り返す。
これ以上、プレイを継続させるのは難しい。
さっさと楽にしてあげるのも優しさか。
「君はいつまでもそこで可哀想なヒロインを演じていなよ。……じゃあ、さよなら」
心臓にナイフが突き刺さる。
直後、力が抜けた擬似体が俺の体に倒れ込んだ。
その重みを全身で感じる。
自分のやったことを過ちだとは思っていない。
少なくとも今のままの彼女では、勇者入りは不可能だ。
プレイングだけでなく、ゲームに対しての姿勢や思考を含めて。
その事実を本人が理解する必要がある。
だから、今まで彼女が聞いてきたであろう甘く優しい言葉ではなく、鋭く突き刺さる事実を突き付けた。
「今頃は部屋に戻って観戦をしているよね、彼女。まぁ、少し可哀想なことをしたし、ここからサービスといこうかな。これがソロ最強の男の本気だってね」
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