005話 ファンを名乗る者
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神場の目は、暗い絶望を宿していた。
この世の終わりという方が分かりやすいか。
一学期をソロで過ごすことが決まったからな。
自らソロを望む俺と違って、死活問題なんだろう。
「神場さん、席に着いた方が良いと思うよ」
「……はい」
俺の言葉にも虚ろな返事をするばかり。
彼女のことを考えると、こうなるのも仕方ない。
けれど、些か失礼だとも思ってしまう。
目の前にいる俺は、事実としてソロを選んでいる。
そんな人間の前で嫌そうな顔をするのは、如何なものだろう。
これ以上は考えるのをやめておこう。
世間的なソロに対する評価に嫌気が差した俺の考え過ぎだ。
彼女の行動も俺を傷付ける意図はない。
ただ、自身の未来を憂いて、周りが見えなくなっているだけ。
ただ、それだけのこと。
神場が席に戻った直後、前の席の女子からプリントが回されてくる。
なるべく顔を合わせないよう、プリントだけに焦点を合わせて受け取った。
多分、相手も振り向きながら渡してなんていないだろうけど、念の為。
「あぁ、言っておくが虚偽や白紙で提出などしないように。まぁ、そんなことをする必要もないとは思うがな。書き終えたパーティーは指定された場所へ移動しろ。早速、実戦に移るからな」
冷たく言い放った板里先生の目には、神場の姿が映っていた。
生徒一人一人の心境に敏感なのは、流石教師としか言いようがない。
可能性は低いけど、先手を打てばそんな考えもまず浮かばなくなる。
神場も諦めて、自分の名前を書いて提出するはずだ。
周りよりも記載する人数が少ない俺は、誰よりも先にプリントを提出。
担任から別室の場所を確認すると、そのまま教室を後にした。
廊下へ出る前に神場の方を見たが、手を動かす様子はやはり見られない。
クラスで二人しかいないソロ。
少しは気持ちを切り替えて、前を向く姿に期待していたけれど、この様子では期待できないな。
特別教育棟一階。先生から指定された場所。
そこは全てが白く塗り潰された質素な空間だった。
暑くもなく、寒くもなく快適な温度。
左右に設置された数多くの扉と一本の長い廊下しかない空間で、どうやって温度を管理しているのか不思議だ。
板里先生は、着いたらパーティー毎に好きな部屋へ入れと言っていた。
どこへ入っても変わらないだろうと、適当な扉のドアノブへ手を掛ける。
しかし、ドアノブを下へ下げ切る前に考えが変わった。
クラスの様子から考えるに、全員が集まるまでに時間がまだ掛かるだろう。
廊下には恐らく他クラスであろう生徒もチラホラと見受けられた。
数分くらいは人間観察として、廊下を散歩してみるのも悪くない。
もしかしたら、度々マッチングしたことのある見知った顔がいるかも。
ドアノブから手を離すと、また先の見えない長い廊下を歩き始めた。
しばらく歩いていても、ネクタイが同じ色の生徒ばかりすれ違う。
今日はこの階が貸し切りなのか。
いや、普段から使用する学年を階ごとに分けている可能性もある。
どちらにしたって、今日得られるのは同学年の情報しかなさそうだ。
「あら? あらら? もしかして、雨神様ではございませんか?」
透き通った清涼感のある声で誰かが俺を呼んでいる。
わざわざ声を掛ける物好きがいたことにも驚きだけど、俺を様付けする異質な人間がこの世に存在するのか。
相手は俺を知っているようだし、万が一にも知り合いという線も拭えない。
声を聞いた感じだけでは見当も付かないので、顔を見ようと目を向けると、そこには可愛らしい白いリボンを銀髪に付けた少女が立っていた。
まず最初に、彼女が知り合いでない事を確信する。
俺の知り合いに、こんな気品のある糸目はいない。
お嬢様なのに、裏で暗躍する裏切り者みたいなオーラがある。
一度でも会っていたら絶対忘れない。
「そうだけど、どうして様付け? 俺と貴方は同級生だよね?」
「様付けなのは当然ですよ! 私は、雨神様の大ファンですから! それも結構古参だと自負しております。ソロになる前、パーティーを組んでいた時期の雨神様も存じ上げてますので」
同級生にファンがいるのはとてもむず痒い感覚だ。
そもそもあの悪虐非道な立ち振る舞いを見て、ファンを名乗れる異常性。
この子の感覚は一般的なものから掛け離れているのは間違いない。
自分に好意的だから異常だと結論付ける、何とも悲しい論理。
自分で認めてしまっているのが、尚更悲しみを助長させる。
「俺のファンなんて、随分と物好きだね。俺は恥の多い生涯を送って来たと自負しているけど」
「まず、お顔がタイプなんです。シンプルにカッコ良いと思うんですよ。アイドルにも負けず劣らずだと思っています。そして、あの強さ。パーティーでも、ソロでも順応する対応力と発想力は見習うところしかありません。しかも、悪役を演じておきながら、どうしても徹し切れていない可愛さもあります。あとは──」
「ストップ、ストップ。もう良いから。ありがとう、ありがとう」
「もうよろしいのですか? 私としては、まだ語り足りないくらいですけど」
こんな真剣な眼差しで言われても。
普段の立ち回りをしているせいで、シンプルな好意を向けられることはなかった。
故に耐性がない。
嬉しいという感情が湧いてくるよりも先に、恥ずかしいという気持ちで一杯になる。
この場合、何と返すのが正解かも分からない。
精一杯の苦笑いだけが、二人の間に生まれた気まずい間を埋める。
「ここにいらっしゃるということは、他のクラスもこれからエデンをプレイされるのですね。私は、てっきり先生の突飛な思い付きかと思っておりましたが」
「大方、クラス内での実力差を明確化する為なんじゃないかな。やっぱりゲーマーの本質として、負けず嫌いだから。自分の強さがどのくらいなのか、自分よりも強い奴がどのくらいいるのか。それを知ることでやる気を出させたいんだと思うよ」
「なら、雨神様にとってはつまらないかも知れませんね。当然、勝つのは雨神様なんですから」
勝つのが俺である点は否定しない。
今まで積み重ねて来た努力と経験と実績。
その全てをもって、今の俺の自信へと繋がっている。
ならば、ここでそんな、そんなと謙遜するよりも、例え驕りだと思われても黙って肯定する方が良い。
そんな事を考えていると目が合う。
彼女は細い糸目を一層細めて微笑んでいた。
考えていることが分かっているとでも言いたげに。
「どうやら人が集まって来ましたね。人目を浴びるのはあまり好きじゃないと思いますので、今はこれで失礼しますね。また会う事になると思いますので、その時にまたゆっくりお話し致しましょう」
周りを見渡すと確かに人が多くなって来たように思える。
ポケットにしまっていた携帯を取り出して、ロック画面を見ると、教室を出てから十分が経過していた。
そろそろ大半の生徒が集まっていてもおかしくはない。
まだ名前も聞いていないのに立ち去る糸目の少女。
嵐みたいな人という古典的な表現が似合う生徒だったな。
好意的に接してくる彼女なら、話す機会はまたあると思うけど、出来れば体力の有り余った日にしてもらいたい。
今からエデンをプレイしないといけないのに、変な汗を掻いて疲れてしまった。
人間観察は碌にできなかったけれど、さっさと部屋に入ってゆっくり教師の指示を待つことにしよう。
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