003話 入学式
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安いパイプ椅子がびっしりと敷き詰められた体育館。
所々に飾られた花と床のワックスが混ざり合った、これぞ入学式という匂いが漂う。
嗅いだからといって、特別感動するわけでもないけれど、こんなどうでも良いことにさえ敏感になれるくらい式はつまらない普通の式典だった。
数少ないエデンの勇者を育成する高校と聞けば、もっと盛り上がる派手なプログラムの一つでもあるのではないかと想像するんだけどな。
唯一変わってる点があるとすれば、規律のない緩さぐらいか。
私語や居眠り、あるいは携帯ゲーム。
本人達は音に気を遣っているつもりでも、音が重なり合ってザワザワとうるさい。
教師側が注意して然るべき事態。
それを見て見ぬふりとは、生徒である俺の方が呆れてしまう。
縛りのない自由さを強みにしているなら、とやかく言う筋合いもない。
だけど、自由は規律の中に生まれるというのが俺の持論だ。
この現状を放置するのが良い作用をもたらすとは到底思えない。
「それでは新入生代表の挨拶を雨神 人利さん。お願いします」
ようやく俺の出番が回ってくる。
首席で合格したのだから、挨拶は当然俺がやることになった。
どんな挨拶をするかは、学校側と話し合って添削させられる。
要するに、ある程度は型に嵌った挨拶を強要される訳だ。
つまらん、非常につまらん。
自由さが売りなのであれば、こちらもそれに則るまで。
軋む木製の階段を上がり、壇上に立つ。
壇上からの景色。これはまた実に愉悦だ。
みんなが顔を上げ、俺を見ている。
眉を顰めて、嫌悪を隠さずに睨み付けてくる者ばかり。
やはり、俺の悪名は広く知れ渡っているらしい。
ならば、そろそろ悪役の矜持を持って挨拶といこうか。
「新入生を代表してご挨拶申し上げます。雨神 人利です。とは言っても、私の名を知ってる者も多いみたいですね」
裏を返せば、俺は有名人だと誇示している。
嫌われ役に徹するなら、それくらい挑発的な始まり方の方が分かりやすい。
「長々と話をしても、頭に入る内容は少ないと思うので手短に済ませたいと思います。新入生の皆さん、今この瞬間に壇上へ上がれず、悔しい思いをしたことでしょう。でも、それが事実です。事実から目を背けず受け入れてください」
教師陣が騒つき慌て始める。
聞いていた新入生挨拶と大きく異なる内容。
しかし、既に始まってしまっていて、内容も特別注意すべきかと言われたら難しいラインだ。
よって、壇上に上がって無理矢理中止したり、マイクで叱責されることもない。
我ながら絶妙な言葉選びだと思う。
俺に負の感情を向けている人が聞けば、煽りにしか聞こえない。
「三年間で私を超えられると良いですね。その為にも無駄な時間を過ごさず、日々の努力を忘れないでください。それが貴方達の糧になるはずですから。いつでも挑戦お待ちしてます。以上です」
新入生を挑発するだけの内容。
そこには叱咤激励の意味合いは無く、単純に全員の敵対心を助長させる。
「ふざけんな! 何が超えてみろだ!」
「そうだ! 調子に乗るなよ!」
見事に釣れる阿呆共。
大衆の中に隠れて個を出さず、思いの丈を次々とぶつける。
狙いはどうやら上手く行ったみたいだ。
悪役として表立ち、恨みや憎しみを買う。
そうして溜まった負の感情は、俺を倒す以外で発散されない。
だから、俺以上の努力をしてくれるはず。
なんで、わざわざそんな事をするかのかと聞かれたら、大した理由もないのだけど。
敢えて答えるのだとしたら、まだ見ぬ強敵を求めて。
この学校内で見ても、かなりの好順位に位置している自負がある。
何もしなければ、つまらない学校生活を三年間も過ごす羽目になるだろう。
結局、ゴールは勇者になることだけど、どうせなら過程も楽しみたい。
怒号飛び交う式典の中で、静かな視線がぽつりぽつりと。
やがて、その視線を向ける者達が、彼の言う強敵になるのはまだ知る由もない。
入学式を終えた俺達は、一度各々が割り振られたクラスへと移動させられる。
話は聞いていたが、まさか本当に入学早々に"あれ"をやることになるとは。
俺としては縁遠い話だけど、俺以外はソワソワとしている。
"あれ"はこの学校において、大きな意味を持つからな。
期待半分、不安半分といったところか。
黒板に張り出された座席表通りに座って、担任が入ってくるのを待つ。
他のクラスメイトを覚える為に観察しようとしても、視線に気付くと顔を背けられるので、顔を覚えようにも難しい。
"あれ"の仕様上、三年間同じクラスなので全員を有象無象として認識するのは避けたいが、その辺りは焦らずゆっくりと覚えることにしよう。
「席に着け、腐ったミカン共。と言おうと思ったら、全員席に着いているみたいだな」
一応はスーツを着用しているけれど、あまりにも不釣り合いな不恰好さ。
完全に閉まっていないボタン。
よれたままのシャツと所々見受けられる寝癖。
まさかこの人が担任じゃないだろうな。
見た目は綺麗なお姉さんだが、教師に必要な頼りがいを感じられない。
「どうも。三年間お前達の担任を務める板里 鮎子、三五歳未婚だ。この学校で教師をしているのは、自分で育てて勇者にした生徒と結婚するつもりだからだ。いや、この際女子でも良いぞ。私を養ってくれるならな」
可哀想な担任だ。
未婚のところよりも、未婚である理由に気付けていない辺りが。
それは俺に集まった視線を全て奪い取る程に。
「そうやって期待の眼差しを向けるな、少年少女。日本で重婚は認められていない。心苦しいが、私と結婚できるのは一人までだ。そうだな、今の最有力候補は首席合格の雨神といったところか」
俺を名指しで指名するのはやめていただきたい。
クラスメイトから初めて嫌悪ではなく、憐れみの目を向けられてしまったじゃないか。
「先生、それよりもやるべきことがあるんじゃねーの?」
赤髪のツンツンでお馴染みのアツトが、我慢できずに問い掛ける。
どんな縁があれば、前日マッチングした彼と同じクラスになれるのか。
ましてや、スズヤとヒメも同じなのだから奇跡の安売りも良いところだ。
「そうやって先走るな。お前、モテないぞ」
「なっ!? おい、なんとか言ってくれスズヤ、ヒメ!」
「モテないだろうね、アツトは」
「モテないね」
「漫才始めるな、信号機組。まぁ良い、要望があったから早速始めるか。パーティー決めをな」
パーティー決め。
この学校では、授業を受ける際に組むパーティーを予め決めておく。
これは非常に重要な要素で、クラスの三十人の中からしかパーティーを選べない。
一度決めたパーティーの変更は可能だけど、各学期の初日のみ可能なので、簡単には変更出来ないから慎重になると言う訳だ。
パーティーメンバーの強さは、成績に直結すると考えて良い。
安易に選んで成績がボロボロだと勇者入りが遠のく。
神経すり減らしながらも探りを入れて優秀な人材を取り、序盤から好成績を取りたいと思うのが普通の考えだろう。
それともう一つ付け加えると、この学校は全寮制で男女別ではなく、パーティー毎に寮が割り振られる。
性格面も考慮して選ばないといくら強いとは言えど、日々ストレスを抱える事になるだろうな。
「じゃあ、今から三十分間。じっくり考えてくれよ。よーい、スタート」
生徒は一斉に動き出す。
最初から目星を付けていてすぐ動き出す者、自ら動かずとも誘われる側の実力者、或いは透明人間のように相手にされない可哀想な子。
結果がどうなるか。
ソロの俺は高みの見物とでも行こう。
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