023話 目覚めのよい朝に
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目覚めの良い朝だった。
井草さんの作ってくれた朝食を食べ、コーヒーを飲み、気分は最高。
こんな日には早く寮を出て、心地良い朝の風をゆっくりと浴びながら登校するのも悪くない。
「おはよー、学校行こうぜ師匠」
一旦、そっと玄関の扉を閉じる。
この先に後藤が見えたのは幻覚?
どうもご機嫌な顔で仁王立ちしていたけど、そんなはずはあり得ない。
仮にあり得たとして、どうやって俺が学校へ行くタイミングが分かる。
今日は決まった時間帯に行こうとした訳ではない。
それどころか気持ち早めに家を出たくらいだ。
にも関わらず、何故彼は扉の前に立っている。
まだ寝ぼけているに違いない。
そういうことにして、短く息を吐いてから扉を開けた。
「なんで閉めるんだよ、師匠」
玄関前には、やはり木刀を片手に持った青年がいる。
それは残念なことに見知った顔だった。
「君、何時からそこにいたの?」
「朝の四時からだけど? あぁ、心配すんなよ! 素振りしてたからさ」
現在、時刻は七時を少し回った頃。
俺が出るまでの時間は三時間。
その間、ずっと素振りをしていたのだとすれば、狂気という単語以外でそれを形容する方法が見当たらない。
まさか本当に四時からと半信半疑であったけれど、一息ついて湿った額を拭う動作を見て嘘は付いていないと確信する。
深緑の彼の髪からも、心なしか水蒸気が出ているような気もするし。
状況を飲み込もうとするもキャパオーバーの為、もう一度扉を閉じる。
今度は先程と違って現実逃避ではない。
俺の中の危機察知能力が告げている。
彼と関わるとヤバいと。
昨日の俺よ、聞こえてるか?
聞こえているのであれば、彼を弟子にするのはやめておきなさい。
早朝から寮の前で素振りをする変態だから、それ。
「おい、開けろよ! なんで、毎回微妙な顔して閉めんだよ!」
ドンドンと激しく扉をノックする後藤。
寮内にはまだ他の人もいるというのに騒ぐのはやめてほしい。
いずれ彼が俺の弟子になったと露見する時に困る。
「だぁー、分かったからやめて、やめて!」
観念して扉を開け、遠ざけるように後藤を押し出す。
「で? わざわざ寮まで押し掛けて何か用なの? まさか、本当に一緒に登校する為だけに四時から待機してたんじゃないよね?」
「んだよー。もしそうなら、悪いのかよ。……まっ、違うけどな。昨日の試合思い出して、居ても立っても居られなくなってさ、それで色々エデンのこと考えてたんだけど。すげーの思い付いたんだよ」
「すごいの? コンボか何かを思い付いたの?」
「そういうこと!」
察しが良いねと親指を立てられたけど、正直全く嬉しくない。
コンボというのは繊細なものだ。
何千、何万と思考して、何千、何万と試した結果、それでも綻びを見つけて時間と努力が水の泡へと消えていく。
ただし、ごく稀に偶然発見したケースも存在する為、頭ごなしに後藤の言葉を否定は出来ない。
聞くだけタダという教えもあるくらいなので、彼の言い分に耳を傾けることにした。
「俺の得意な職業が侍じゃんか。侍には縮地っていうブリンクスキルがあるだろ?」
縮地を使ったコンボねぇ……。
誰もが一度は考えるけれど、結局は何も思い付かずに終わる。
考える人間の発想力が足りないというよりは、大方のコンボは出尽くしてしまったという方が正しい。
「ワープと混ぜて使うのはどうだ! ワープって共通スキルだろ? だから、ビュンッてワープで移動してから、更に縮地でザッっていけば相手の意表付けるんじゃねーの!」
雑な身振り手振りで楽しそうに解説しているところ申し訳ないが、彼に現実を突き付けてあげる必要がある。
「発想八十点、検証0点。何も知らずにそれを考え付いたのなら、その柔軟な発想は評価出来る。けれど、元々そのコンボは存在してるよ。今となってはマイナーよりのコンボだけど、調べればすぐ分かる範疇。考えたら終わりじゃなくて、その先もちゃんと調べないと」
「うげぇ!? マジで? 俺の瞬殺二連撃・改がもう存在するなんて、そんなまさか」
ズボンのポケットにしまっていた携帯を急いで取り出して、片手で器用に何かを打ち始める。
携帯に意識が向き過ぎているせいで、歩くことすら忘れて立ち止まってしまった。
そんな彼を横目に知らん顔をして校舎へ向けて歩き続ける。
事情を知らない人が見れば、酷いだの、思いやりがないだのと罵りたくなるかもしれない。
でも、それ、ちょっと待って欲しい。
朝から待ち伏せされて、機嫌良く語り出したと思えば、既にあるコンボをさも自分が発見したかのように騒ぎ出す。
優雅な朝の始まりを穢された俺をどうして批判できようか。
否、出来まい。
というわけで、置いていくのは自然の摂理だという言い訳を一応残しておく。
「まじだ……、本当にサイトに載ってるじゃん。って、先行くなよ!」
自分が検索した結果を見せつけながら後ろから追い掛けて来る後藤。
もっとゆっくり探してもらって構わないのに、どうしてこういう時は思い通りにいかないのか。
「ほら、見てみろよ! 本当だったぜ? ほら、ほら」
俺が教えたのだから知っていて当然なのに、わざわざ前に立って検索結果を顔の前に突き出してくる。
「後藤くんさー、めっちゃ歩きづらいんだけど」
「おぉ、そうか。わりぃー、わりぃー。それにしても博識なんだな雨神って。この記事二年前の記事だぜ?」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、このレベルの知識は必須レベルだと思うよ? まぁ、その辺は追々教えてあげるよ」
「えぇー、追々かよ。だったら、今日は何教えてくれんだ? 放課後はパーティーでランク戦潜る予定もないし、早速色々教えてもらいたいんだけど」
後藤は平静を装いながらも、タイムリミットに怯えて指導を迫る。
こちらとしても条件を提示した立場なので、拒否は出来ない。
それに昨日の時点でプランはある程度練ってある。
学校のカリキュラムと照らし合わせ余計な部分は省く予定だけど、今日始めても支障はきたさないはずだ。
「放課後になったら教えてあげるから、今はまだ内緒ということで」
「そんなのアリかよ。全然待てねぇーよ」
何をやるかは秘密にしておくと不服そうな態度に。
先に教えないのにはちゃんとした理由が存在する。
今は指導を受ければ強くなれると短絡的に考え、ノリノリになっている彼も、"アレ"を聞いたら逃げ出してしまうと思う。
だから、直前に教えてあげるのだ。
後藤には悪いけど、覚悟しとけよと内心で呟いた。
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