017話 虎の門
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「お話は終わりましたか? 雨神様」
後藤と別れ、寮へ向かおうとした途端声を掛けられた。
やっと一人の時間になったかと思ったのに、次から次へと人がやって来る。
糸目の銀髪。
特徴的な容姿は見ただけで彼女が……、彼女が……、
そういえば、名前をまだ聞いてなかった。
試合前にも一方的に話し掛けられて、ぼんやりと会話した記憶はあるけれど、よくよく思い出すと一番重要な名前は一切会話に出ていない。
「やぁ、さっき振りだね。話は終わったよ」
「それは良かったです。雨神様がこの後、寮に向かうと思い、お迎えにあがりました」
「うん? お迎え?」
「はい、お迎えです。ファンとしては当然かと」
冗談を言っているような雰囲気は感じられない。
「いや、そこまでしなくても大丈夫だよ? 君は自分の寮へ行かないといけないでしょ?」
「……ん? あれ? 雨神様の寮はこちらじゃないですか?」
携帯を軽く操作して、一通のメールを開いて見せてくれた。
テンプレの文章と共に、添えられた寮への地図。
その地図には、俺と全く同じ場所に位置する寮が記されている。
「全く同じ寮だ……」
「それはそうですよ。私も同じくソロですから。ソロプレイヤーは、まとめてこの寮に入れられるそうですよ」
「へぇー、君もソロなんだ。それはどうして……なんてのは野暮な質問かな」
俺に合わせてそう返ってくるのは、今までの言動を思い返せば分かる。
「お疲れだと思いますので、荷物とかがあればお持ちしますよ?」
「荷物はないし、あっても持たないでね? 変な関係性だと誤解されちゃうから」
「そんな……。照れちゃいますね、私達夫婦に見えちゃうなんて」
両手を頬に当てながら、大袈裟に照れる素振りを見せる。
「一言も言ってないよ、そんなこと。そもそも夫婦は飛躍し過ぎだから。見られたとしてもカップルが関の山でしょ」
「なっ……なんと素晴らしい! 是非とも雨神様と───」
またしても会話にならない彼女を置いて、一足先に寮への向かう。
女の子を置いていく行為が、褒められた行為ではないと理解しているけれど、今回ばかりは特例で許して欲しい。
彼女に会話のペースを握られてしまったまま、寮までの移動は耐えられない。
「あぁ! ちょっと待ってください! 雨神様〜!」
妄想の世界へ旅立っていたみたいだけど、すぐに現実へ戻り、俺の後を追い掛けて来る。
一瞬、走って撒いてやろうかと頭を過ぎった。
しかし、人の往来が多い廊下で追いかけっこのように追って追われてをすれば目立つ。
学生なんて噂好きの塊だ。
翌日にはあらぬ疑いを掛けられてしまう。
元からある噂を否定して周るのは面倒だからしないけど、新たに生まれてしまいそうなものは回避しようとするのが普通だろう。
「なんやかんや待ってくれる雨神様も素敵です!」
彼女の為にではなく、自分の保身の為。
結果的には同じだけど、その意味合いは全く異なる。
本人が勝手に勘違いして好感度が上がっているなら、わざわざ訂正することもない。
軽く受け流しながら歩き続けた。
寮エリアに着くと大きな一本道を挟んで、個性のない住宅が所狭しと建ち並んでいた。
見慣れない光景に、外面は冷静さを保ちつつも、内心では色んな箇所に目が行く。
等間隔で設置されたベンチや街灯がオシャレさを、街路樹の緑が温かさを演出する。
学生ながらこんな立派な場所で生活できることに、心躍らせながら観察を続けていると、学校側に近い四軒だけが他と比べて豪華な造りになっていることに気付く。
どうして格差があるのか。
気になって近付いてみると、表札に学年と名前が記されていた。
「この家は学内ランキング上位の方だけが住める寮ですね」
携帯を取り出して名前を調べるよりも先に、隣の彼女が答えた。
「学内ランキング……ねぇ」
「ちなみに学年トップの雨神様は68位で、私が83位です。総数102組の内、67組は上級生なので、入学時点では下位からのスタートになっています」
「俺が4位以上になれば、この家に住めるのか。そう考えると、学内ランキング上位を目指すのも悪くないね」
「雨神様のことですから、一年生の内に住めますよ」
冗談を言っているのかと思えば、目が本気だった。
あの僅かに開いた糸目の奥から、澄んだ瞳がこちらを覗いてくる。
強めに否定しようにも、熱狂的な反論を長尺でされるのが想像出来る。
会話を自然な流れで終わらせる為にも、乾いた苦笑いを返しておく。
互いのクラスの情報を交換しながら、地図の位置まで移動していると、視界の奥に見てはいけないものが映る。
「まさかあれが俺達の寮じゃないよね?」
「……私も俄かには信じ難いですが、地図の位置はあそこで間違いないです」
遠くからでも分かる異彩を放つソロプレイヤーの寮。
黒に極めて近い焦茶の木は、お世辞にも綺麗な外装と呼べるものではない。
あそこだけ昭和にタイムスリップしたのではないかと錯覚するくらい古い造りをしていた。
しかも、近付いて気付いたが、所々壊れた箇所をトタンで補強している。
人通りはそこそこあり、誰が何を聞いているのか分からないので直接的な悪口は控えるけど、本音を言えばここには住みたくない。
横の彼女も同じ気持ちだろうと横を見たが、
「今日からここで雨神様と生活! ワクワクして来ました!」
汚い外装など気にもならないようだ。
完全に別のことを考えてしまっている。
いつか気が狂っておかしなことをされてしまわないだろうか。
ただでさえ、寮のことで頭を悩ませているのに、悩みの種の増やさないでほしい。
「んだー、テメェーら。人様の寮の前でイチャコラするとは度胸あるじゃねーか」
横開きの扉が突然開き、人が勢いよく飛び出して来た。
金髪が伸びてプリンになったショートヘアと、ゴリゴリの虎が描かれたスカジャンを着ているイカつめの少女。
身長は女子にしては高めで、口には爪楊枝を咥えている。
何かお手本にしているキャラがいるのかと思うくらいのヤンキーだ。
イライラした感じを隠そうとせず、前へ出る度に手に持った金属バットが地面と擦れてカランカランと音を立てる。
学校の敷地内で流石に暴力沙汰は起こさないよなと願いながらも、徐々に接近してくる虎バットさんを眺めた。
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